Eternal Wind
4章:成す者 (04-03)



「本気?」
 ぐったりとした声で問い掛ける。
「当たり前だ!」
 いきり立って答えたザンギィルは異様なほどにはりきっていた。それも、当然と言えばそれまでなのだが。
 しかし。
「どこで聞き付けたんだか…」
 げんなりとして声にするとセツは周囲を見回した。
 家屋に被害が出てはいけないという事で、戦闘の場を村の外――それもかなり離れた所へと移したのはいいのだが、 どこから聞き付けたのか野次馬がいるわいるわ。うざったいと感じるほどの人だかりが出来ていた。
 もしかするとイオの住人全てが会しているのではないかと思うほどに。
「冗談じゃない」
 小さく呟く。こんな所で本気で戦ったがために正体がバレました、などという事になりたくはない。 だからこそ目立たないよう行動していたというのに。
 もう1度、深い深い溜息を吐き出した。
「では…。ザンギィルさん、さっさと始めてしまいましょう」
 これ以上野次馬が増えては困る、という言葉を飲み込んでそう問い掛けた。 その科白にザンギィルは僅かに眉を顰めたが頷きを返して、気を落ち着かせるかのように真剣な表情を浮かべる。
 その姿を目にしたセツは、思わず感心してしまった。
 寸前までとはまるで雰囲気の違う様子と、確かに存在する血の成せる業。
「まぁ、その点に関しては…こちらもだがね」
 軽く口元を歪めるとセツは呪文の詠唱に入った。早々にこのような茶番は終わらせるのが得策であると判断しての事。
 それに、あのラフェルがいつまでも大人しく待っているとはセツには到底思えなかったからだ。
「「“疾風、来神”!」」
 2人の声が重なり、同じようにして風があたりを覆うと互いにそれを向けて放った。
 しかし。
「っにぃ…?」
 風の刃をまともに受けたのは、ザンギィル。信じられないといった顔で茫然と数メートル離れた所に佇むセツを見つめた。 腕や頬の、鋭利に切り刻まれた皮膚が赤く染まりうっすらと血を浮かび上がらせる。
「くそっ…。―――大地に住まう精霊よ…」
 小さく吐き出すと、セツを睨むように見据えたまま呪文の詠唱に入る。
「地霊…? 精霊術か。………そうだった、アナタの父親の得意技だ」
 悠々としたコメントに一瞬躰を反応させながらザンギィルは詠唱を続けた。
「大地の精霊を使役しての術が、中でも得意だったね…」
 セツは薄く笑う。
「でも…」
 両手を翳し、すうっと瞳を閉じて気を鎮めると僅かに笑みを浮かべたまま対する術を行使させるための詠唱へと入る。
「風神来たりて、我が力と成れ。…東風、西風、南風、北風、四方の風よ。今こそ、我が盟約に従いてその力を示せ…」
「遅い!」
 ザンギィルの叫びが、セツの耳に届く。
 呪文の詠唱を済ませセツを睨むと、大地の力を向かわせた。せり上がって行く大地をセツはうっすらと開いた瞳で見つめる。
「オレの勝ちだ!」
 セツに大地の力が激突したと思われる瞬間、確かな手ごたえを感じザンギィルは叫んだ。
「無理だな」
 恐ろしいほどに澄んだ穢れなき声が返り、ザンギィルの背筋を悪寒という名の震えが走った。
「“朔風、招来”」
 振り返るザンギィルの背で薄笑みと共に呪を唱えた。
 風をまともに受けてザンギィルはその場から数10メートルの距離を飛行し、それを何の感情もないように静かにセツは見つめた。
「まだ、やる?」
 静かに、地に横たわる人間に問い掛ける。
「あたり…前だ」
 呟いて躰を起こす。風の攻撃で受けた傷からはなみなみといった表現が似合うほど鮮血が溢れ出している。
「血止めはいいのか?」
「必要ない」
 そう返して立ち上がった姿に、
「へぇ」
 感嘆の呟きをセツは漏らす。あれをまともに受けて立ち上がった者を目にするのは、これで3人目だ。
「…そういえば、あなたの父親も立ち上がりました。それを受けた後」
「そーかい。…だが、負けらんねぇな、オレは」
「それは、そうでしょう」
 頷くように言うと悠然とした笑みを浮かべ、
「イオの神官。この称号は月の騎士に次ぐ力の持ち主を表すモノの1つですから。そう容易く…負けてもらっては、困る」
 セツの口から発せられた科白にザンギィルの顔色が変わった。
 それもそのはず、その内容は“月の神殿”の上級神官にしか知らされていないはずのモノ、 “月”に関わる最重要機密事項の1つだったのだから。
「何故、それを…?」
 茫然として呟いた姿にセツはうっすらとした笑みを返した。
「生かしておくわけには、いかぬ…」
 ぎりっと唇を噛んで、ザンギィルはセツを凝視した。
 一体何処から情報が漏れていたというのか、そう思案しながら目の前のセツを睨む。
 ザンギィルは胸の前で両手を結んで印を作る。その姿に答えるかのようにしてセツもまた同じようにして印を結んだ。
 同じ、型。
「元素精霊、我、汝らとの盟約によって、此処に召喚す…」
「汝らが力、我が魔力を源とし…」
 同じ呪文を声を重ねるようにして詠唱してみせたセツに険しくさせていた表情を驚きに変える。 それを見て楽しむかのように、セツはその口元に揚々とした笑みを浮かべたままだ。
「その従属成る然の元…」
「集えり、そして…」
 2人が、同時に両手の印を解いた。
「「その力、全ての名の下、解放せり!」」
 ウォンッという鈍い音が響き、2人の周囲の音が全て停止する。生き物の鼓動すら聞こえない。
 両手に留めた精霊法術による最強魔法を2人は互いを見据えたままでそれを放つチャンスを待った。 僅かな動きも逃さぬよう、瞬きすらせずに観察する。
「―――セツ!?」
 人込みの中からふいにそんな声が響いた。自らの名を呼ぶその声にセツは我が耳を疑った。
「セツ!」
 もう1度、今度ははっきりと聞こえたその声に思わずセツは視線を走らせる。
 そこにいたのは予想通り。
「ラフェル…」
 呆然と名を呼び返してから、視界の隅でザンギィルが動くのが見えた。
「しまっ…」
 慌てて視線を戻し、その手に宿る力を放とうとした。
 だが。
(…間に合わない)
「遅い」
 セツの判断と、ザンギィルの呟きは確かだった。
「セツーッ!!!!」
 その場の状況に慌てたラフェルが叫びながら勢いよく飛び出して、 接近するそれよりセツを庇うかのようにして立つ――いや、立とうとした。
 お約束とでも言わんばかりに足元を取られ、地に倒れかけたのだ。
「ばっ…」
 そのまま倒れれば確実に的になったであろうラフェルを、何を考えたのか両腕を伸ばして自らの躰で持って受け止める。 それらの行動をしてから、セツは自分の置かれている立場に気付き愕然とした。
 ラフェルなどに気を取られている場合ではなかったのだ。このまままともにザンギィルの放った術を受ければ、 自らの手にあるものまで誘発される。そうなれば、死は必然だ。
(ここで、死ぬわけには…)
 いかない、そう心の中で叫ぼうとしたが、出来なかった。
 術は、2人を直撃した―――――。




 かつて、そこには平和があった。
 時は流れ、“神”が去り、やがて―――――平和は乱された。
 混沌としたこの世界を支配したのは、争い。
 この地上に住む者全てが、全てを滅びに誘うかのような、そんな戦い。
 しかし、その混乱した世界は、一瞬にして終わりを告げる。
 “神”の再来とも、人が勝利し頂点に立ったがためとも伝えられているが、その真実は闇に包まれたまま。
 それから幾分穏やかな時が流れる。
 失った物を嘆くように、傷を癒すように。
 だが、1度芽生えたモノはそう簡単に取り除く事が出来る筈もなく、平和になれた頃、世界は再び混沌の渦に飲まれて行く。
 長い長い時が流れる中で、血で血を洗う、人間同士の争いは世界中に蔓延していた。
 疑念が争いを呼び、欲望が戦いを招き、強者が弱者を屠って行く。
 力あるモノは無きモノを虐げ、等しき者は違える者を嫌い、終わりの見えない、争いだけが世界を支配していた。
 ―――――やがて、平和と呼ばれるものがこの世界を訪れる。
 今ある世界の基礎を、人が“暮らす”事の出来る世界へと変えたのは、“神”の力を授かったというたった1人の人間だった。
 更には人間にとっての平和をも齎した。
 その者は後に、彼の国を創りあげ、現在に至るまでその血脈は絶える事なく続いていた。
 しかし。
 建国より3000年の時を経て、その国は歴史上より姿を消した。
 “神”の創りし、“神”の住まう国は、今はもうこの世界には存在しない。
 人々の信仰を未だ集めるその国の名はユゼ。
 国が失われた時の皇族、その最後の血族には“神”の“力”をその身に宿した、ユゼの双子と呼ばれる双生児の皇女がおり、 今なお人々は2人の皇女が戻る日を夢み、祈り続けている。



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