Eternal Wind
3章:セツとラフェルの関連性について (03-04)



 どれほどの時が流れたのか、しんっと静まり返った部屋で、ただ、それを抱きしめていた。
 動かなくなった、その骸を。
 死んでしまった、もう還らない者。
 自分を、見てくれていた者。
 でも、もういない。
 それを思うと、いっそう哀しさが込み上げてくる。
 他人で、自分を思ってくれている者が、彼等の他にもいるとは想像も付かなかった。
 幼い頃の、あの少年を除いては。
 死んでしまった、ルイシャ。
 でも、また、会ってくれた。昔、レイザント城での侍女としての名は、セシリア。
 育ててくれた人、レウィ。
 剣の扱い方を教えてくれた、この世界でセツに尤も近い存在。
 月の騎士――レウィ=アレヴィス。
 皇女でなくなってもその傍に在り、守ろうとしてくれた人達。
 彼等はとても、優しかった。
 だが、それ以上に憎かったのだ。
 父と母を殺し、国を滅ぼしたあの男が。
 だから。
 ティアーゼを封じてセツになった、レウィの死を堺として。
 全てを、無に還そうと。
 そう誓って、2年が過ぎた。
 誰一人として、ティアーゼを還す事が出来なかった。
 それなのに。
 ラフェルは容易くティアーゼを還した。
 この、日の当たる世界へと、母なる月に背くような真似をする前に。
 固く誓った心と封じ込めた思いを呼び起こしたモノは一体何だったのか、今となってはわからない。
 全てを謎のままにして、ラフェルは死んでしまったのだから。
 ラフェル、嘗てティアーゼを人間として必要としてくれた幼い頃の思い出に生きる少年と似た名を持つ者。
 あの少年は、今どうしているのだろうか。
 ラフェリオス=イージェル、ミュートリアの現国王の弟王子。
 幸せに暮らしているのだろうか。
 同じようになっていなければよいのだが。
 狂気に走らずに、強く、生きて欲しい。
 似た名を持ち、同じように思ってくれた者として、ラフェルの分も。
 生きてくれれば、それでいい。
「ラフェル、聞こえる? もう、お芝居は止める…。だから…―――――え?」
 ふと、妙な感触に気付いた。
 死んでいるはずのラフェルの躰が、未だ暖かいのだ。
 先程までは確かに、死体であった。
 冷たく固まり、顔は土色に変化していた。
「―――何故…?」
 不思議に思いながら視線をラフェルの顔へと移したセツは信じられないモノを目にする。
 土色だった顔に、生気が戻っていた。
 もしやと思い、恐る恐る、その首へと手を当てた。
 ドクンッ――――――。
 音が、あった。
 確かに脈を打っている。
 ラフェルは生き返ったのだ。
 信じられないものを見るような顔でじっとラフェルを見つめる。
 ほどなくして、ぴくんっと僅かに反応するとうっすらと閉じていた瞼を上げて行く。
 視点のおぼつかない様子でぼうっとしているその顔に、訳のわからない嬉しさでセツは両目に涙をいっぱいに溜めた。
 生きている。
 そう思うだけで、涙は溢れそうになる。
 完全に目を開いたラフェルは、目の前で涙をいっぱいに溜めたセツを見て驚いた。
 これはあの世で見る願望の入った夢なんだと、ラフェルは自分に言い聞かせる。
 本当に死んでしまったのだと、自分を嘲笑った。
 結局自分も逃げていただけだった、あんな事をセツに告げる資格はなかったのだとその行為を恥じた。
 それでも目の前にいる者が自分のために涙を流そうとしてくれているのだと考えると 逆に「死んでよかったかも」などと思ったりもした。
 生きている時ならなおさらよかったのだが、と苦笑して。
 ポタッ―――――。
 とうとう溢れ出してしまったセツの涙が、その頬へ一雫落ちる。
 それを肌で確かに感じたラフェルは、弾かれるようにして起き上がった。
「なっ…」
 思わず、声が漏れた。
 そこはあの世でも天国でもなく、確かに自分を殺した場所。
「え? あれ…? 何で…って、オレ…まさか…。生きてん…―――――わッ!」
 茫然と辺りを見回しながら呟いたラフェルに、セツが思い切り抱きついた。
「セ、セセセツぅ?」
 これは本当に現実なのかと、驚きよりも動揺した声でその名を呟いた。
 セツは答えるでもなく、ただ、泣いていた。小さな子供にでも戻ったかのように。
「セ…」
「生きてて、よかった…。本当に、よかっ…」
 嬉しそうに、呟いた。
 自分の胸に顔を埋めて泣きじゃくるセツの姿に何だか恥ずかしさを覚えて僅かに赤面すると、 両腕をセツの背に回してしっかりと抱きしめ返した。
 確かに生きていると、教え込むようにして。




 すっかり子供に戻ってしまったのか、泣き疲れたセツは何時の間にかそのまま深い眠りに落ちてしまった。
 暫くそのままでいてから、小さく息を付くとセツを起こさないようにしてベットへと寝かせる。
「しょうがねぇな…。1泊するって言ってくるか」
 嬉しそうにそう呟いた。
 布団を掛けてからふと思い出したかのようにセツの顔を覗き込むと、 その前髪を上げて寝顔をとくと拝見してから満面の笑みを浮かべつつも面倒くさそうに立ち上がる。
 部屋のドアノブに手を掛けた途端、自分の服装に気が付いた。
「これは…ちと、まずいな。着替えてからにしよう」
 独り言ちて、荷物を漁る。血だらけな上に腹部に穴が開いた格好では何を言われるかわかったものではない。
 それから服を着替えている時に、ふと、自分の血で穢れて床に投げられたままの剣が目に入る。
 上着に袖を通して着替えを済ませてから、手に取ってそれを観察した。
 確かに、どす黒く変色した血液が剣の先から中ほどを越えてまでも付着している。
「結構勢い付けて刺したんだなぁ…」
 他人事のように呟いてから、
「で、何で生きてんだ? オレ?」
「それを、刺したから…かな?」
 疑問をそのまま口にしたラフェルに、頭上から聞きなれた声で返事が返った。
「あなたがそれを突き刺したから。自分で、自分に…ね」
 続けられた言葉にラフェルは顔を上げた。
 そこにはベットに腰掛けるようにして座り髪を掻き揚げて微笑んでいるセツの姿。
「セツ…?」
「そう、ね。でも、あなたが呼んでいるセツとは違うセツだけど」
 にっこりと笑うその顔に、ラフェルは眉を顰めた。
「で、何だって?」
「あら…、信じるの? 私の話」
 面白そうにして“セツ”は言った。
「その顔で言われると…なぁ。仕方ねえよ」
 苦笑を返す。
「ふぅん、そう。ま、いいわ。―――私はね、その剣の魂。悪く言えばただの自爆霊だったりするんだけど…」
 やけにあっさり自身の素性(?)を口にして笑う。
「剣に?」
 軽く頬を引き攣らせてラフェルが問い掛けると、“セツ”はこくりと頷き返した。
「そんなわけで、私の力が少しは作用するのね…。その剣はね、自らを自分で突き刺すと、 刺さっていた時間に合わせて仮死状態になるのよ。結構便利でしょ?」
 自慢げな笑み。
「便利って…何か違う気が」
「そう?」
「それに、もしも…剣を抜いて貰えなかったら?」
「死んでるままね」
 何の感慨も込めない声で“セツ”は即答した。
「とにかくね、それ…もう使えないの。だからこうして出て来たんだけど…。 この子に、武器を持ち替えるように伝えてくれない?」
「使えないって、何で?」
「話すと長くなるから省かせてくれない?」
「あ、そう…」
 笑顔で返答を拒否する姿にラフェルは目を瞬いて短く頷いた。
「簡潔に言えば、あなたの血の影響ね」
 笑みをその表情から消して真剣な眼差しでそう口にする。その科白に、ラフェルは瞬間驚いて見せてから訝しげに眉を顰めた。
「その顔は知らないって事ね」
 クスクスと笑うと、
「―――とにかく、使えないの、それ。だから必ず伝えて頂戴ね」
「あ、ああ。わかった」
 何が何だか、余りにも唐突な話の展開に動揺しながらも頷き返した。
「それで、お前はどうなるんだ?」
 その問いにきょとんっとした顔を返してからにっこりと笑う。
「新しい仕事に、ね…。時が近付いているし、もう行かないと」
 視線で宙を泳ぐようにして呟いた“セツ”がぱたりとそのまま横に倒れた。
 慌てて走り寄ったラフェルはセツの顔を覗き込み、安らかな寝息を立ててその身に異常がない事を確認してから安堵の息を吐く。
「さて…と、行きますか」
 大きな背伸びを1つして、部屋を後にした。



■BACK   ■MENU   ■NEXT