Number −銀の魔方師−
6:古の血脈を受け継ぐ者 (06-03)



 その背が完全に見えなくなるまで見送ってから、クスクスとクゥは愉しげな笑みを漏らした。
「クゥ? 何を笑っている、さっさと後を追うぞ」
「ああ、そうだな」
 睨むようにその姿を見つめてからきびすを返したサンノに、
「己の役目を真っ当しなければならないからな」
 笑うのをやめ、嫌に冷え切った冷淡な声がそう告げる。
「元より、我々はそのために存在する」
 にべもなくそう続けたサンノは一歩を踏み出し肩越しに振り返るようにして、
「クゥ、これの犯人はどの道を使ったとおも――」
 問い掛け半ばにてその場に崩れ落ちた。
「選択を誤ったな、サンノ」
 何の感慨も込めぬ冷たい声が上空からかけられる。自分の身に何が起きたのかと驚きに目を見開くようにして仰ぎ見たサンノが目にしたのは、冷笑するクゥの姿。
「―――クゥ?」
 珠を預かる身である者には珍しい、驚愕の声音。両手に力を込めるも起き上がる事が出来ずにいるその事実に、それを冷たい笑みを浮かべて見下ろしているクゥの姿に。
「別れの時が来たようだ、サンノ」
 薄っすらとその口元が歪んだ。
「クゥ、貴公は――」
「ニノと共に行けば永らえたであろうにな、その命。いや、残念だ」
 背に見えない重石が乗っているかのようにサンノは床に押し付けられたまま、
「元より、ニノにカイエルの相手は勤まるまい。あれは無効化の系譜の者…、魔方を得てとするニノに勝機はないだろうな」
「クゥ、己というモノは――――――がっ!」
 その襟足を掴み、締めるようにして力を込めるとサンノの上体を逸らすようにして起こし、
「肉弾戦を得てとするお前がニノと共に行けば勝機もあっただろうにな。―――尤も、そうなれば二人とも始末するだけだが」
 その耳元で、愉しげな声で囁いた。
「ク、ウゥ――――っ!」
「さらばだ、サンノ。何、気にする事はない。皆、共に行く事になる」
 クスクス笑いながらその手を離すと、支えを失ったサンノの躰は勢いよく床に顔面から叩きつけられ、
「主殿も判断を誤ったな、―――自ら、己の天敵を懐に招くとは」
 その科白に、サンノの全身がピシリという音を立てて帯電するかのようにバチバチと小さな光を放つ。
「―――クゥ、それ…は、どういう…」
 帯電したまま、ゆっくりと上体を起こしていく姿に黒一色の双眸を細め、
「いや、大した事ではない」
 短く、お決まりの科白を口にし、
「もう十分生きただろう、サンノ? うんざりするほど。いい加減、その木偶人形の躰を捨てるといい」
「馬鹿、な…己のような――」
「いやなに、私は元々神兵ではないのでね。初めてこの館へ来た時に気付くべきであったな、そう、前の二の珠を始末した折にでも」
 全身から自身の持てる力を出し切るようにして抵抗し、それが帯電するという形で目に見える姿でもって耐えるサンノに 嘲笑うかのように告げて、
「―――このような成りではあるが、一応、神兵を従える側の立場なのでね」
 平然と言い切ったその科白にサンノの瞳が大きく見開かれた。
「ゆっくり眠れ」
 事も無げに告げられた科白と共に、サンノの躰が一瞬にして蒸発しその痕跡事消え失せる。
 クスクスと愉しそうに、そうして何処か嬉しそうに笑いながら立ち上がると、
「彼女は正しかった。遠き約束を守った彼女」
 ぽつり、と何処か淋しそうな声で呟いた。
「私も、彼女との約束を守らねばな」
 苦笑し、周囲を一度だけ見回してから、跳躍して大きく歪んだ穴を飛び越えるとそのままの勢いで走り出す。
 目指す先へと、彼が、彼故になさねばならぬ務めを果たすために、彼自身が此処にいる真の目的を果たすために。




 暫く互いに見つめ合った――否、睨みあった後で、ラダナトが大きく息を吐き出す。
「訂正するよ」
 どこか、諦めを含んだ声音でそう告げる。
「君は変わっていない、あの頃のままだ」
「そう」
 つまらなげに相槌を打ってから、セレスは弾かれるようにして三歩後方へ飛び退く。
「遠慮はしない」
 これまでとは打って変わった冷淡な声が、ラダナトから漏れる。
 鋭くさせた視線で射抜くのは、幼い白銀の髪の少女。彼らにとって、何者にも変えがたい存在。 彼らの主にとって、何者よりも至上と位置付けられ、その手に在ってしかるべき存在。
「彼は、きっと、君が戻るのを待っているだろうから」
 言い終えるか否かのうちに、ラダナトは地を蹴った。
 両手でガードをするも勢いを殺しきれず後方へ弾き飛ばされたセレスを追って、 ラダナトはその右手を掴むと勢いに任せて投げ飛ばす。それを追うようにして光の玉が三つ、走った。
「くっ…。wall of vacuum
 済んでの所で光を消し去るも、そのまま落ちて地に躰を打ち付ける。
 休む間もなく飛んで来る光は眼前で消失するが、ラダナトの左足がそれに続き、 蹴り上げるそれを転がり交わしてから側転するようにして両足で地に立つと、
「肉弾戦なんて」
 言いながら飛んできた右手を避け、
「慣れない事しないでよね」
 科白と共に、右腕を掴むと背負い投げるようにしてラダナトを飛ばして距離を取らせる。
 ふわりと地に降り立ったラダナトは、肩越しにセレスを振り返るようにして、
「そうでも、ないよ」
 薄っすらと微笑んだ。
 それが何を意味するのかに気付くのと、
「―――しまっ…」
 実行されたのは、殆ど同時。
 言葉を言い切る事も、手を打つ事もなく、全身が切り刻まれるようにして夥しい鮮血がセレスの周囲を舞った。
 痛みに一瞬顔を顰めたセレスは接近したラダナトに気付くのが当然遅れ、勢いづいた拳を腹部に受けて後方へと跳ね飛ばされる。 背から落ちたセレスは強かに打って呼吸が一瞬止められ、その後で激しく咽込んだ。
「油断はいけないよね」
 静かな声に弾かれるようにして反転すると上体を起こし、
wall of va――」
「遅いよ」
 振り上げた左手を掴まれ、セレスの両目が一瞬大きく見開かれて、次いで苦しげに歪む。
「―――がっ…」
 呻き声と共に、その口から鮮血が吐き出された。
「捕まえた」
 クスクス笑いながら、真っ赤に塗れた左手でセレスの背を支える。
 それは、背中から生えていた。
 腹部を突き抜けたラダナトの左腕、それはセレスの背中にしっかりと左手首まで確認出来るほど綺麗に貫通している。
「少し、大人しくしていてね」
 バチ―――ッ、左手が青白い光を放ちそれがセレスの全身を走った。
 感電するかのように小刻みに揺れながら、セレスは開いている右手でラダナトの肩を掴む。
 何かを口にしようとしているのか、その度に言葉ではなく鮮血が吐き出されるセレスの姿を暫く見つめてから、
「君だけを捕らえても、また…逃げられそうだからね」
 静かな声で呟いて視線を巡らす。
「―――彼も、捕まえないと」
 その先に羽ばたく白い鳥を見つめ、双眸を細めた。 それに合わせるかのようにしてレイトを囲むように半透明の球体が浮かび、中央へと向かい走る。
 一瞬、そう呼ぶに相応しい動作。
 満足そうな笑みを浮かべるその視線の先で、首を巡らしたセレスの視界の隅で、力なくレイトは地に落ちた。
「レ…ごほっ、が―――ッ」
 再び、セレスの全身を青白い光が走り、
「彼の心配をしている余裕はないよ?」
 実に愉しげなラダナトの声に合わせるかのようにして、周囲の空間がぐにゃりと歪む。
 広大な砂漠に場を変えていたそれは、元の室内――ラダナトの座す部屋へと立ち戻った。
「空間維持も大変な事だよね、原理を無視した行動だから。僕達にも不可能だよ、流石にそれは…。君と、彼にしか出来ない」
「―――る、さ…い」
 僅かに肩を上下させるセレスが、鮮血と共に言葉を紡ぐ。
「流石、としか言い様がないよ。まだ意識があるなんて」
 顔は俯き加減に伏せたままだが、ラダナトを掴む手に未だ力が込められている事に素直に感嘆の声を漏らした。
「どうしたら君は静かにしてくれ―――、何?」
 囁くように告げる科白を切り、訝しげに眉を顰めると視線を走らせる。
 その先は扉、開封の資格を持つ者にしか開ける事の叶わぬ、この部屋への唯一の出入り口。
 ラダナトが細めた双眸でそれを見つめた瞬間、斜めに大きく交差するように二本の光が走った。
「まさか」
 驚きの声を漏らしたその視線の先で、更に光が走り、扉が弾けるように崩れて幾つもの瓦礫と砂塵が舞い、 それを手伝うようにして溢れ出た白き光がその視界の全てを遮った。




 ぶらぶらと一人歩いていたカイエルは、全く音沙汰のない状況にいささか――否、かなり不満を感じていた。 強敵たる神兵が出てこないのは良い事なのは十分過ぎるほどにわかりきった事なのだが、それでも、 日頃の鬱憤晴らしの如くに神兵を薙ぎ倒していたカイエルにとってその状況は暇を持て余す以外の何者でもなかったからだ。
「あー……暇だ」
 呻くように呟く。
 立ち止まり、現在の位置はどの辺りだろうかと思案してみるも、窓がないため外の様子を伺えず、ぽりぽりと額を掻いた。
「よっし!」
 両手で拳を握り締めると、ツカツカと壁際に歩み寄り、
「くらえ、鉄拳っ!」
 ぺろりと舌なめずりをして、勢いよく拳を叩き込んだ。
 ビシッ―――、という音と共に、壁に亀裂が入る。
「ぁー、素手じゃ一撃って訳にいかないか。金槌持って来ればよかったな…」
 館への侵入を果たした際にその場に捨て置いてきた大金槌を脳裏に思い浮かべて、残念そうな声を漏らす。 取りに戻ろうにも何処をどう進んだのか記憶していないし――それはそれで大問題なのだが、 戻ってしまっては此処まで来た甲斐が無いというものだ。
「どうしたもんかな?」
 愉しげに呟いてもう一度拳を打ち付け、カイエルは弾かれるようにして視線を左肩越しに走らせる。
 何か、不吉な予感がした。
 こくりと生唾を飲み込むのと、視界が黒い影を捉えるのとは同時だった。それが何なのか確認するよりも早く本能に従い、 腰を落として壁に寄りかかるようにして反転する。
 風が一陣、走り抜けた。
「なんっ…――」
 ひんやりと冷たい感触に体重を預けたまま、ゆっくりとカイエルは首を巡らせる。風の抜けた方向へと。
 数メートルの距離を持って、黒き異形の姿が背を向けていた。
「侵入した上に適合者だけの事はありますね」
 背を向けたまま、神兵が呟く。感嘆とも取れる科白ではあるが、その声音には何の感慨も込められてはいない。
「ですが、その館への破壊行動。如何な理由があろうとも、赦す訳には参りません」
 淡々とした口調で振り返りながら告げる、黒き双眸がしっかりとカイエルを見据えた。
「お前っ!」
 半ば茫然としていたカイエルの表情がその姿を目にして怒りを露にする。
「しかしながら、この身の役目を思えば――」
「あん時のっ! 此処で会ったが百年目ーッ! 覚悟しろや、こらぁ!!」
 科白を遮って、ビシッと右手人差し指を突きつけるようにしていきり立った叫びを上げる。
 が。
「何の事でしょうか?」
 あっさりとした問い掛けが返った。
「と、恍けんなーっ!!」
「随分と賑やかですね。尤も、それも珠を受け入れれば静かになるのでしょうが。 私は二の珠を預かる者、一の珠よりの命を受け――」
「うあぁっ! 何じゃそりゃ、意味わかんねーってか聞いてねぇってーか、おっとなしく、セレスちゃんを返しやがれっ!」
 うがーっ、という表現が似合うカイエルの姿に、神兵――ニノは思案するような素振りを見せる。
 それから「ああ」と小さく声を漏らし、
「あの場にいた方でしたか」
 今やっと気付いたと言わんばかりの声で頷いた。
「遅ぇ!」
「申し訳ございません。我々にとって、人間など記憶に止める必要もなき存在ですので」
 口先だけの謝罪に、カイエルのこめかみがピクピクしたのは仕方のない事だろう。
「ふーざーけーんなっ! 此処で会ったが百年目ーッ! セレスちゃん、それからレシャの居所吐いて貰うぜ!!」
 一息で叫んだカイエルの姿に別段動じた様子もなく、
「銀の方は現在、主に謁見中です。あなたをお連れする訳には参りませんね、今のままでは」
 変わらぬ口調でそう告げる。 その言葉に怒り心頭と呼ぶに相応しい顔をしていたカイエルの表情が一気に悲痛とも困惑とも取れるものへと変わった。
「それって…」
 搾り出すような声で呟く姿に、
「それから、レシャ、とおっしゃられた方は…どなたの事でしょうか?」
 ニノにとっては当然の疑問を口にする。
「どなたって…」
 呟いてから、カイエルは押し黙るとニノを凝視した。 此処で普通に説明してしまうと館を出た後にかかるであろう追っ手を思うと、素直に口には出来ない。 レシャはウィルの残した酒場ウィンのマスターであり、これまで店を守り続けてきたのだ、“神”に睨まれ神兵に追われる立場になっては それを続けるのは困難――否、不可能だからだ。
 沈黙したカイエルの姿を眺めてから、
「尤も、誰であろうと私には関わり合いのない事。この身に与えられた命を優先するとしましょう」
 事も無げに告げて、体勢を低くすると一気に距離を縮めてカイエルへと右手を伸ばす。
「―――んなっ…」
 慌てて壁から倒れ込むような姿勢になってそれを回避し、後を追うようにして続いた左手を右腕を振り上げるようにして弾くと、 左足でニノを蹴り飛ばした。
 ズザザザザッ、と床を滑って十メートルほどの距離で躰を押し留まらせたニノに小さく舌打ちをし、
「やっぱ、強いな…。つーかはえぇ」
 睨むようにして呟く。
 ぱんぱんと服に付いた埃を払うような素振りを見せてから、何の感慨も込められていない瞳でカイエルを見つめ返した。
「流石に、珠の適合者だけありますね。簡単には終れそうにもありません」
 ぽつりと声を漏らす。
「ああ? 何だよそりゃ、つーか何の話だってのっ!」
 叫び声と共に走り来る姿にニノの周囲に赤い光が浮かびカイエルへと向かうが、 直撃かと思われたそれは目標を目前として突如消失した。
「な、に…?」
 驚きに目を見開いたその顔に、強烈なカイエルの膝が入る。まともに喰らって倒れ込むニノに左足を軸にして回転すると、 腹部目掛けて渾身の力を込めて蹴り入れた。
「がっ―――ご…」
 呻き声を上げながら数メートルを平行に飛んで何の受身もなしに床へと落ちる。 間髪入れずに後を追うカイエルはその躰を蹴り上げようとするが、足は宙を斬った。
「ちっ…」
 反転し、飛び退く姿に舌打ちを一つ。
 ゆっくりと腹部を押さえながら立ち上がるニノは、表情を険しいものへと変えてカイエルを見据えている。 否、睨んでいる、と言った方が正しいかもしれない。感情などない者であるかのように飄々としているのが、珠を受けた者ではあるが、 決して感情がない訳ではない。その情動はある一定度の条件を満たさない表に出ない、というだけの話。
「今のは、一体…」
 小さく訝しむように声を漏らす、確かにカイエルの動きを止めるべく魔方を放ったというのにそれが消滅した。 そういった意図が絡んだ気配はない、まさに、消えたのだ。
「ま、勝手に入り込んだオレ達が悪いってのは、よーくわかってんけどね。こんなトコでやられちゃう訳にはいかんのよ」
 にへらと笑い、再びカイエルが動いた。
 人間にしては良い動きだが、それはニノにとって想定の範囲内であった。“神”の結界そのものを破壊し、 この建物を壊して侵入して来ていた事――今、目の前にいるカイエルが一人でそれを成していた事を、イチノより聞いていたからだ。 それほどの実力を持つ相手である事は容易に想像が付いた。
 だが、しかし。
 先ほどの現象は何であろうかと、繰り出された拳を交わしてニノは思案した。
 魔方を使ったような気配はまるでなかった、何より、カイエルからは魔方を扱う者特有の気というものがまるで感じられないのだ。 尤も、その両眼が緑であるのだから魔方師でも魔然師でもない事は一目瞭然なのだが。
「はえぇね」
 繰り出す手や足を後退しながらでも交わす姿にカイエルは正直な感想を漏らす。
「―――愚かな」
 声と共に、周囲に赤い光が浮かび上がる。先ほどのものよりも大きなモノ。
 だが。
 カイエルを打てと命令したはずのそれは、その役目を担う事なく消失し、 変わってカイエルの強烈な上段蹴りをまともに即頭部に喰らう。
「なっ…」
 目の前の事実と頭部を襲った強烈な痛みに躰がバランスを崩し、次いで顎に強烈なアッパーを、 仰け反った躰に勢い付いたカイエルの回し蹴りを喰らって強かに躰を壁に打ちつけた。
 痛みに身悶えるその間に、腹部に強烈な拳が入る。
「が、はっ…」
 全身をびくんと痙攣させて、その場にへたり込むようにして崩れ落ちた。
「おま、え…―――――ッ!」
 表情を歪めて言葉を紡ごうとしたニノは、上体を床に寝そべらしてそれを交わす。
 ばきっ。
 壁に、カイエルの蹴りで皹が入った。
 次いでそのままの体勢から踵を落としてくる姿に、ニノを守るようにして赤い膜が張られる。
「意味ねぇっての」
 呟きと共に、赤い膜は消え失せて脇腹に強かに踵が落とされた。
「がっ…」
 呻いて激しく咽込む姿に、カイエルは眉間に皺を寄せる。
「やっぱ、しゃべるだけあって丈夫なんだな。他の奴等はとっくに行動不能になってたんだが」
「おま、え…いった――」
「魔方を使うってのも、珍しいし。うがーとかがーっとか、あいつ等は飛び掛ってきただけだもんなぁ」
 ニノの科白を遮って言葉を続けたカイエルの周囲を隙間なく囲むようにして赤い光が浮かび上がる。
「だから、意味ねぇって」
 周囲を囲まれているというのに全く意に介した様子もなくそんな事を口にする姿にニノは表情を歪め、唇を噛み締めた。
「捕らえよ…と、言われ…て、いる、が。手加減は、しない」
 壁に寄りかかるようにして上体を起こしながら呟かれた声と共に、一挙に光はカイエルへと向かう。
 だが、まるでそれらは意味を成さなかった。これまでのように消滅して行く、 カイエル自身に何かの魔方を行使しているような素振りは全く見えないというのに。
「なん…、そん、な…事、が」
 茫然とした声を漏らしたニノを見下ろすようにしてカイエルは詰まらなげに頬をぽりぽりと掻いた。
「あー、悪いね。オレって魔方って何それって感じで、全く利かねーんだな、コレが」
 あっさりとした声にニノの両眼が大きく見開かれ、
「無効化の系譜、か…。馬鹿な、奴等は滅んだはず…」
 その声に、初めて恐怖の色が混じる。
「ぁー、さっきもそんな事言われたな〜。滅んだねー、ふーん…。ま、オレってば親ナシの捨て子だったからなー。 親が誰か、なんて聞くなよな。聞かれても知らんものは答えられねーし」
 暢気な口調で告げて、ニノを見つめる視線を鋭くさせた。
「あんた、きっと魔方のほーの力はすげぇんだろうね? 何てったって神兵だし? 運が悪かったな、 レシャを相手にしてたらちったーマシな戦いになっただろーけど。オレじゃ意味ねぇし、それに…あんた、動きははえぇんだけど、 他はそうでもないみてーだしな」
 声と共に、無造作に振り上げた右足でニノを蹴り上げ、
「何か、弱い者イジメしてるみてーで気分わりぃんだけどさ。あんた神兵だし、手加減しなくていいよな」
 告げて、屈むようにして咽込むその頭に両手を伸ばした。
「なんっ…―――――がっ…」
 頭を掴まれた事にニノは驚きの声を上げるが、しっかりと固定されて顔を上げる事が出来ない。
 ぎりぎりと頭を締め付ける人間とは思えないその力に、恐怖の二文字がニノを襲う。
「やめっ――」
 ごきんっ。
 鈍い音がして、カイエルが嫌そうに眉を顰めたままの顔で両手を離すと、支えを失ったニノはその場に崩れ落ちる。
 微動だにしない姿をしっかりと確認してから、
「最悪だな、オレ」
 重い溜息を吐き出すようにして呟くときびすを返すと、一目散にその場を走り去った。
 後に残されたニノは躰をくの字に折り曲げて、壁に寄りかかっていた姿のまま床に倒れ込んだように見える。 ただ一つ、頭が180度回転している事を除けば。



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