ニノを見送り、沈黙が覆った室内でクゥは小さく息を吐き出し、イチノを省みる。
「―――イチノ、一つだけとは?」
「三の珠にも持たせましたから」
「ニノが来る事は予想していた、か」
「お客人がお客人ですからね。外見からしてそのものな銀のお方など、何百年ぶりかわかりません」
「それにしては――」
「クゥ、私は別に、二の珠、三の珠にそれぞれひとつずつを預けるつもりではありませんでしたよ」
科白を遮るようにしてどこか愉しそうな声音で告げられた科白に、クゥは訝しむようにその瞳を細めた。
「どういう事だ?」
「適合者は一人だけ」
「それならば何故、ニノにも預けた?」
疑問をそのまま乗せた声音にクスクスと愉しそうな笑い声が返り、
「わかりませんか? 先ほど、言いましたのに」
フードの合間からクゥを見つめる赤い双眸が愉しげな笑みを浮かべた。
「わからないから聞いて―――、まさか」
自身を試すような口ぶりと視線に眉を顰めて呟くも、弾かれるようにしてその黒一色の双眸を大きく見開く。
その姿に、クスクスと更に愉しそうな笑い声がイチノから漏れ、
「愉しみですね」
そう、心底嬉しそうな声で呟いた。
「イチノ…。お前は本当に――」
「駄目ですよ、クゥ」
「そう言われても、な」
「駄目です」
きっぱりと、笑みを称える赤い双眸は静かな声でもう一度同じ科白を口にする。
その姿に苦笑し、肩を竦めると、
「他の神兵と同じように扱わないのではなかったか?」
そうぼやいた。
「ええ、そうです。ですから、クゥ…―――持ち場にお戻りなさい。いつまでも此処にいてはいけません」
静かな、静かな声は普段通りのものだった。視線をクゥから己の存在意義を示し、己を現すものでもある、
鈍い白い輝きを放つ珠へと移して、ゆっくりとそれを撫でる。
その姿を見つめ、クゥは項垂れるようにして頭を振った。
「クゥ、何をしているのです? 自身の目的と役目、あなたはそれを担える。間違えてはいけませんよ」
一向に動こうとしない姿に、声をかける。
両膝を付き、珠に身を任せるようにしたイチノは双眸を静かに閉じた。
長い袖から顔と同じように白く空ける肌の細く小さな手を覗かせると、ゆっくりと、優しく珠を撫でた。
その姿にクゥは小さく唇を噛み締めると、
「イチノ」
搾り出すような声でその名を呟いた、当人にはそう呼ぶのは拒否されてはいるが返事を返してくれていたその呼び名。
「―――話が、途中だった」
「そのような時間、ないでしょうに」
クスリと肩を竦めるようにしたイチノに、
「いや、大した事ではないし、時間も取らない」
普段通りの口調で呟き、
「―――イチノ、お前は…自由になったとしたら、どうしたい?」
そんな事を問い掛けた。
「自由、ですか」
「ああ」
「よく、わかりません。想像すら出来ませんね…、私には」
「そうか」
「何故でしょうね、考えた事もありません。尤も、一の珠である私が望んではいけない事だから…そう創られたのでしょうね」
告げる声音には悲壮も悲嘆も込められていない。ただ、あるがままの事実を口にしているだけだから当然なのだろうが。
「昔に戻りたいとか、帰りたいと思った事はないのか?」
その科白に一瞬だけイチノの瞳が歪んだ。本当に一瞬だけで、すぐに元の何の感慨も浮かばぬ硝子のように無情な瞳に戻ったのだが。
それから小さな溜息を一つ、イチノは吐き出した。
「遠い過去には、あったかもしれません…。けれど、今は」
「ない、か?」
「そうですね。余りにも遠すぎて、いいえ…―――過去に戻る事など、出来ませんから。そして、未来もない」
その役目を負った以上、戻る事も先に進む事も赦されない。この場に留まり、この地に、この館を存続させる事、
それだけが存在意義にして存在理由――――それが、一の珠たる所以。
他の神兵とは一線を敷きながらも他の神兵と同等の存在。唯一、神兵本来の役目と違えるのは、館に関する事であれば
主とする“神”と同じように他の神兵に指示命令を下す事が出来るというだけ。だがそれ故に、館より出る事もなければ、
戦闘にその身をおく事もなければ、他の神兵と行動を共にする事もない。この部屋で、ただ珠を見つめ、
館を此処にあるモノと定め置くだけ。会話が出来る身でありながら、対峙出来るのは、同じ役目を負った――珠をその身に受けた者だけ。
クゥのように例外はあるが、それも“神”が認めた――珠を受けていなくとも珠の役目とした――からに他ならない。
「―――クゥ、持ち場へ」
「ああ」
短い頷きを返し、きびすを返した。闇に静かに溶け込んでいくその背に向かい、
「クゥ、あなた自身はそう思った事が?」
そんな科白がかけられた。
ビクリ、とその者にしては珍しい反応を全身に示し、それから肩越しにイチノを振り返る。体勢はそのままだが、
赤い双眸はしっかりとクゥを見つめていた。
その視線を受けて「ああ」と短い頷きを一つ、それから複雑な表情をその顔に浮かべ、
「何度もな、数え切れないくらいある。―――違うな、いつも…思っているかもしれない」
「そう、ですか…」
「イチノ、本当にお前はないのか?」
「さあ、どうでしょう…? ―――でも、そうですね。戻りたいと願ったとしても…戻れないと言う方がきっと正しいですね」
「自由になればそれも可能だろう」
「いいえ、そうではありません…。私が言わなくても、クゥ…あなたはわかっているのではありませんか? 例え、そう願い、
それが叶い、戻れたとしても――」
静かに告げられた科白はそこで途切れ、イチノは再びその双眸を伏せる。
「―――もう、誰もいない」
そう、続けられた科白はこの上なく哀しい声だった。
イチノのその声に合わせるようにしてクゥの表情が歪み、
「そうだな」
搾り出すように、本当に小さな声をクゥは漏らした。
「クゥ、あなたには成す事がある。そしてそれは此処にいては果たせないでしょう? 此処もまた、閉じられた場所ですから」
「イチノ、お前は――」
「時間がありませんよ。彼等では到底、不可能ですから」
クスクスと愉しそうに笑い、
「私は何も変わりません。これまでと同じように、此処にいる。ただ、それだけです」
「―――了解した」
苦渋に満ちた顔ではあったが、頷きを返した姿にイチノは嬉しそうに微笑んだ。その顔は深く被ったフードに隠され、
クゥに見る事は出来なかったのだが。
再びきびすを返し、闇に解けるその背を見送ってから、イチノは視線を珠へと戻した。
見つめる先には、赤い影。頭部の左側面に黒き反応を示す、その姿。
「お会いできなくて、残念です」
小さく呟いて双眸を伏せる、それに合わせて珠が光を失い室内は暗い暗い闇へとその姿を変えた。
驚きに目を見張るその前で、光は一瞬だけ輝きを放ち消え失せる。
その後には、変わらぬ姿勢のセレス。だが、その光景に“神”は眉を顰めた。
セレスの耳元の高さでその周囲を囲むようにして鈍い光を放つ赤い輪が漂っている。そして、銀の髪にはよく映える耳の赤いピアスが
失われていた。
「事象、固定」
ぽつり、とセレスが呟く。
茫然と“神”が見守る前で赤い輪はゆっくりと浮上していく。
羽ばたいていたはずのレイトが、セレスの頭上で小さく羽根を広げたまま留まっていた。本来、翼を持つ鳥が空を飛ぶのは、
その両翼が羽ばたくための運動をするからだ。先程までは確かに、羽音を伴い動いていたそれ。
だが今は、静止画像のように微動だにしていない。動いているのは、赤い輪だけ。
ゆっくりと浮上した赤い輪がレイトを囲む位置まで上がり、その動きを止める。
瞬間、変化した。
鳩であったはずのレイトの首が細く長く伸び、その体も細くしなやかなものへ、小さかった翼は大きなそれに姿を変え、
白い姿態は美しくも華やかに、白鷺にも似た姿へとその躰を変化させる。唯一その尾だけが、長く長く伸びて垂れ下がった。
その姿に自らの目を疑うかのようにして“神”は大きく目を見開く、その白く大きな翼を持つ鳥には覚えがあった。
レイトは天を仰ぐようにして嘴を天井へと向け、その周囲を囲んでいた輪がぐにゃりと歪む。
予め定められていたのか長く伸びたレイトの首回りへと移動してみせた赤い輪は二重になってそこに留まった、漂う状態を維持したままで。
それから、非常にゆっくりとした動作でセレスの肩へと舞い降りる。元のサイズであれば指して違和感のなかったそれも、
小さなセレスの体にその鳥の大きさはとても不釣合いだった。
肩に留まったレイトは、顔をもたげるようにして“神”へと視線を送る。
開かれた二つの眼差しは、その色さえも変えていた。見事な、白銀。
「―――レー…」
茫然とその名を呟きそうになって“神”は言葉を飲み込んだ。
在るはずがない、此処に、目の前に在ってはならない存在だった。しっかりと視認し、頭でもそれを理解しているはずなのに、
彼は否定した。否定しなければならない理由があったからだ。
「出番だよ」
レイトが愉しそうに呟き、白銀の瞳が細くなる。
途端、周囲の空気が一変した。
開く、ただそれだけの絶対命令。
いかなる閉じられし門も、閉じられた扉も、押し開いていく命令。
レシャは必死に抵抗してみせるが、何を持ってしてかわからないその絶対の命令を消し去る事が出来ない。
両手で頭を抱えこみ、苦痛に歪めた表情でただ拒絶だけをしていた。
ふいに、視界が影に覆われる。
(―――神兵、か)
思考回路さえ邪魔して単一の命令を繰り返すそれを忌々しく思いながら、伏せていた顔をゆっくりと巡らした。
随分先にいたはずの神兵は今、レシャを囲むようにして立っている。どれだけの人数がいるのか、正確にはわからない。
ただ、自身を見下ろすかのようにして影を落としている事だけはわかった。
何の声もかけられない。尤も、声をかけられたとしてもレシャには答えるだけの余裕はなかったのだが。
閉じられ遮られる己の思考を忌々しく思いながらもその後の自分の在り方など想像するまでもなかった。
彼等はこの館へと破壊し無断で立ち入り、かつ守りに付いていた神兵を倒している。入り口付近にいるカイエルもそうだが、
レシャは“神”の住まう館の中を闊歩していたのだ。
無事ですむはずがない。
ぼぐっ!
音と痛みは、時間差をおいてやって来た。
まるで遠くで起きた出来事のように音は耳に届き、弾かれ壁に叩きつけられて床へと落ちてから痛みが襲った。
脳内に響き渡る強制的な命令、それが全身の感覚すらも麻痺させているのか一瞬感じた痛みすらもすぐに塗り替えられて行く。
薄っすらと開いた瞳でレシャはそれを見つめた。
そこにいた神兵は4人。いつの間に増えたのだろうか、そんな事を考えるまでもなかった。
ただ漠然と、死ぬなコレは――そう思っただけだ。
躰はろくに動かない、否、考える事も出来ない。ただ他人事のように、目の前のそれらを眺めているだけだ。
一人、神兵が進み出る。
その手には奇怪な形に歪んだ大きな刃物が握られている。全身を黒装束で多い、大鎌にも似た武器であるそれを手にした姿は、
まるでお伽噺の死神のようだった。
冷たい、風が流れる。
磨き抜かれた刀身が黒い予感と共に振り上げられた。
降ろされれば真っ二つだ、普段のレシャであればそれを伏せぐ事など容易いのだが、今は違った。
全身を駆け巡る何者かによる強制命令、単一の絶対命令、それが躰を拘束させその思考回路すら止めている。
それが無くならない限り、レシャが自身の意思を取り戻して行動する事など不可能に思えた。
先程まで留まる様子もなく神兵を悉く消し去り、館内を荒らしていた者の姿とは思えない。
それでも、神兵にしてみればその存在は抹消対象に他ならないのだ。
躊躇う事も、突然その動きを止め苦しみだした姿に疑問を持つ事もなく、神兵は手にした物を勢いよく振り落とした。
「そん…な、事が…」
茫然と声を上げる“神”を嘲笑うかのようにしてそれは室内に広まり、確かな存在感をそこに示す。
何処にいようとも、彼等にはいつも感じる事の出来た、古き懐かしい存在。
酷く優しい、優しい、哀しみに似た雰囲気を伴うその気配。それはこの世界において、只一人の存在を示すものだ。
ある意味彼等にとって絶対とも言える存在、今は失われてしまった、唯一の人。
「セレスティア…」
その名を呟いた“神”に、クスクスと愉しそうな小さな笑い声が返される。
「―――よかった。間違えていた訳じゃなかったのね」
セレスが満足げにそう告げて、閉じていた瞼を開きしっかりと己の両眼で持って“神”を見据えた。
見事なまでの、髪と同じ白銀色の瞳。先程までのそれとは色を違える瞳、元々魔然師の証として持ち合わせていた瞳の色は、
灰銀だった。だというのに、今はその双眸が見事な白銀色に輝いている。
「馬鹿な。君は彼が…――」
「そうね…―――入れ物だけだけど」
クスリと笑みを浮かべた。
「何も聞いてないのね。どうしてユダがいなくなったのか、何も教えてくれなかったの?」
クスクスと嘲笑うかのような笑みを浮かべてそんな事を口にしたセレスに“神”は表情を強張らせる。
目の前に立つ少女はつい先程までただの魔然師であったはずだ、その存在も人間そのものと言って過言ではない程度のもの。
それなのに、今、この室内を覆うかのようにして広がる気配は、確かに失われた彼女のそれ。
その表情は似ても似つかない、顔立ちも彼女とは違うものだ。尤も、あれほどまでに見事な銀の髪を有していたのだから、
何処となくその面影を落としてはいたのだが、確かに別人であった。
「アイツは…今もその役目を担っている」
低い声で返った科白に、クスクスと愉しげな笑いが続いた。
「勝手に閉じ込めておいて、何の役目? 笑っちゃうわね。傍に居る事…それが役目だから、同じ場所に同じように置かれてる」
「馬鹿な、守りとしての――」
「何を守るの? 自分達で壊しておいて」
“神”の科白を怒気を含んだ声音が遮った。
「知らないのね、可愛そうに。偉そうに何が“神”サマ? 笑っちゃうわ。あなた達はただの大馬鹿、己の過ちにすら気付けない。
それなのに本来の目的を忘れて人を虐げてる。―――ああ、違ったわね」
クスリ、と笑みを浮かべて呟くと軽く目を伏せる。
「あなた達は産まれた時に決められた事しか出来ないんだった。自分の事すら自分で決められない。
それしか出来ない、人間にも劣る存在」
その科白に“神”は眉を顰め、その姿を睨んだ。
「馬鹿な事を、我々は――」
「ただのコピー」
事も無げに呟き、ひくりとその頬を強張らせる姿を一瞥して、
「さあ、ラダナト…。―――懺悔の時間よ」
静かな、静かな声がその瞳に怒りとも哀しみとも取れる青き炎を宿して呟いた。
「うぉっちゃー、またかよ〜。レシャって何気に加減を知らねぇからなぁ…」
時折響く館の振動に暢気な声を上げながら、カイエルは勢いよく神兵を顔面から壁へと叩きつけた。
ぱらぱらと小さな砂が天井から落ちてくる。
「此処って魔方で出来てるんと違うんかぃな! 何じゃこりゃーぺっぺ」
思わず上を見上げてしまったカイエルはまともにそれを被る、序にあんぐりと口を開けていたため見事に口内へと落ちてきたそれに
じゃりじゃりと口の中が嫌な感触に包まれた。
「かーっ! ありえん! 砂なんか喰うかっつーの!!」
砂を唾ごと吐き出すようにしてから、顔、躰に突いた砂を軽く叩き落とした。
「うわ、頭もだよ、このやろぉ…。ったく、魔方で出来てんなら崩れないで壊れるなら消えろっつーの!」
わしゃわしゃと髪を掻き毟るその姿に、
「神聖なこの場所で、不遜極まりない行動だな。人間」
憮然とした声が届いた。
「ああん?」
両手を頭に乗せたままでぐるりと顔を巡らした先には、神兵が一人。
「―――へぇ。何だ、今度のはしゃべるんか? 今までのは無言で口を開けば、うがーっとか、がーっとか。
人間様の言葉をしゃべるとは偉そうだなぁ、オイ」
「愚かな。人間、お前等こそその口にする言葉が誰によって齎されたものなのか忘れている」
「はぁ?」
真剣そのものの声で告げる神兵に、カイエルは顔ごとはてなマークそのものといった風に間抜けな声を返した。
「―――あー、あのさ〜。悪いんだけど、オレね、人間様なのね。わかる? 長くても80年くらいしか生きないわけ。
人間様ってのはね。そーんなね、大昔と呼ぶには語弊があるような遥かにとぉーい過去の話されても困るんだよ」
「誰のお陰で生きていられるのか、一度親身になって考えた方がよかろう。尤もそのような時間はないだろうが」
「いや、だからさー。オレが生きてんのは、この街のね〜まぁ、何だ。あんたらには関係ない話なんだけど〜。
っていうか、何が言いたいわけ? 言わなくてもいいかもしんねーんだけど、頭脳担当はオレじゃないんだよね」
肩を竦めて緑色の瞳を愉しげに細めた。
「性別どっちだかわっかんねーんだけど。神兵さん、あんたらの専門はアレだな、オレと同じだろ? だったらさ〜」
ちらりと不敵な笑みを浮かべて静かに立つその姿を一瞥して、
「ぐちゃぐちゃ言ってねーで掛かって来いや、コノヤロウ!」
舌なめずりをするかのようにして身構えるカイエルの姿に神兵はくつくつと小さな笑いを漏らした。
「では、そうするとしよう」
呟いて体勢を落とし、弾丸のような勢いで持ってカイエルへと突進してくる。
そのスピードは予想外だったのか、小さく呻いたものの突き出された拳を避けてその躰を押し止める。頬を赤い筋が流れた。
「はー、えらっそーな事言うだけあって、はえぇね」
愉しそうな声を上げたカイエルの正面で俄かに目線の高い神兵は薄っすらと口元を歪める。
「何、人間。避けたお前こそ賞賛に値するが」
「言っただろ、オレの分野はこっちなんだよ」
笑み混じりに冗談めいた口調で答えながら膝を振り上げる。
交わされた拳でカイエルの肩を掴むとその場から勢いよく跳躍し、
「いい動きだ」
そんな呟きを漏らして、自らを捕らえていた腕を振り払うようにしてカイエルの肩を支えにその背後へと降り立った。
「そいつはどーも!」
振り向きざまにその背へと向かい拳を流すも、それは空を切った。
更に跳躍した神兵は距離を取るようにして少し離れた場所に降り立ち、ゆっくりとした動作で振り返る。
「非常に、反応もいい」
愉しそうな呟きを漏らすその背後で足音が響く、駆け寄ってくる者を確認するまでもなかった。対峙するカイエルの表情、否、
この館において戦闘に出る神兵以外いるはずがないのだから。
小さく肩を竦めたその両脇を通過し二人の神兵は一直線にカイエルへと向かう。それに対して先を行く者に喉元目掛けて飛び蹴りを喰らわせると、そのまま足蹴にするようにして床に倒れ込む神兵の上に降り立ち、もう一人の神兵へと振り向く勢いをつけて鉄拳をお見舞いし弾き飛ばす。
それを追って首元を掴むと、勢い付いたまま壁に叩きつけた。
「ああ、本当にいい反応だ」
心底感心したような声を漏らし、傍観に徹している姿にカイエルは眉間に皺を寄せる。
「やる気ねぇ〜あんた、全っ然、やる気ねー!」
「いや、その点に関してはお互い様だろう?」
「オレはかなーりやる気だ! 失礼なっ!」
「そうは見えないが」
クスクス笑う姿は嫌に人間めいている。
「新手だ」
カイエルから更にその後方へと視線を動かし、胡散臭そうに自身を見つめていた緑の瞳がその顔のままで振り返る。
「しっつけー! よぇーのに出てくんなっ!!」
叫び声を上げながら、神兵を只人をあしらうように片付けていく姿に、
「―――意味がないな、彼等も」
ぽつり、と正直な感想を漏らした。
振り下ろされた刀身は、その身を切り裂くはずだった。
そうして彼等の役目の一つは終えるはずであった、辛うじて生きのある程度の死に体であったとしても
捕獲さえ出来れば幾らでも延命の処置は取れる。彼等に下された命令は只一つ、動けないように捉える事だったのだから。
しかし、その場に残されたのは砂塵だけだ。
全ての事柄を歪め、絶対の命令を伴ってそれは起きた。
刃が振り下ろされその躰に付きたてられる刹那、白き光がそれを弾く。
金属がぶつかり合うような音を響かせて弾き飛ばされたのは大鎌だけではない、それを手にしていた神兵も共にだ。
何事かと身構えた他の神兵は、次いで視界に入ったものに大きく目を見開き、そのまま蒸発するようにしてその場から消え去った。
飛ばされ壁に叩きつけられた神兵も同じようにして消えた。
その後を追うかのようにして、館全体を揺るがすような大きな爆発が起こる。
崩れる壁、落ちてくる天井、歪に凹んだ床、辺りは砂煙とも呼べる砂塵だけが舞っていた。
そこに、人の気配はなかった。
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