Number −銀の魔方師−
2:酒場ウィン (02-02)



「―――だ、だ、だあぁああああっ!! ったく、真面目な話の出来る雰囲気じゃねぇっての!」
「切り出したのはお前だろうが」
「いやまぁ、そうなんだけど…。あー…何? 今日のスープ兔?」
「ああ。鶏肉が使えないのの代用だ。で?」
「―――こういう事しながら、こういう雰囲気で言う話じゃねぇんだけどな」
「いいから。早く済ませないと戻ってくるぞ」
 そんな事を言って兔の耳を掴んで手渡してくるレシャに肩を竦め、
「しゃぁねぇな。―――気のせいだといいんだけどな。上のほーで妙な動きがあるってさ」
 ぽつり、と苦笑交じりに呟いた。その科白に軽く目を細めると、
「どういう動きだって?」
 静かな声音で問い返す。
 カイエルの言う上とは、空でも北方の方という意味でもない。ただ一つ、 この街に住む“神”に関わる事情を口にする時だけ、こういった言い方をした。
「何でも、滅多に出歩かん黒服の連中が表を歩ってたとか。余所の街から来たお使いみたいなのが入って行ったとか。 後は何だ。誘い(いざない)の準備してるとか。―――あの連中、目立つだろ? あんな格好で街にいたら。 本人はどう思ってるのか知らんが、浮きまくりなんだよ。あの黒尽くめ」
 ぶつぶつと不満げに呟く声は100%私情交じりだ。それも仕方のない事と言えばそれまでなのだが。
「南の方で死んだという噂が流れたな。恐らくその件だろう、来訪者とやらは。―――しかし、誘いとは…珍しいな。 何年ぶりだ? ここだと」
「おお、あったね〜そんな話。あっちゅー間に後から現れた銀の魔然師の話題に切り替わってたが」
 ニヤニヤ笑い顔になって打って変わった暢気な声音でそう言ってからレシャを一瞥する。
「ま、あっちの方が片付いてもここは変わらんから、その話題転換も仕方ないんだろうけどな。遠くの噂より近くの現実って事だ。 ―――って、何でそう怖い顔するかね? すっかり保護者気分?」
 ツッコミを入れられて、思わず目を瞬いた。
「そんなつもりはなかったが…。尤もわかってなさ過ぎる面があるから、些か将来が心配とは思わないでもないんだが――」
「それを保護者気分っていうんだよ」
 科白を区切られてサクッと突っ込んだカイエルに苦笑いを返す。
「そう言われると否定しかねる。―――まぁ、セレスは旅の途中だし、 あまり厄介ごとに巻き込みたくはないってのが本音なんだけどな」
 その割に店の使いでよく使ってる気がするんだが、と言いそうになってカイエルは科白を飲み込んだ。 それから真顔になると、
「ま、それはいいんだよ。問題は誘いの方」
「それ、本当なのか?」
「そうらしい。めっずらしいぜ、お前も言ってたけど…。前回は多分、オレ等の爺や婆の頃だ」
 何年どころではない、何10年前の話だ。
 時折、“神”に気に入られ請われてその館へと招待を受ける者がいる。それを良しとするか否とするかは本人次第だが、 レシャのような魔方を習得している人間にしてみればその大半が願う事だ。尤もレシャは否とする側ではあるが。
「西側に、高名な魔方師がいたな…確か? 1年だか半年くらい前に住み着いた。一時期、結構評判になってただろう?」
「あーアイツね。たっしかに腕はいいみたいだが〜…オレはお前の方がずっと優秀かと思うけどね」
 そう言いながら、カウンターの内側で中腰になっているレシャを一瞥する。
「尤も、ありがたーい魔方をそんな事に使うのはお前くらいだろうけどさ」
 呆れ返ったように付け足された科白に、レシャは眉間を寄せるとそのままで顔だけを向け、
「有効利用と言え」
 その表情のまま淡々と答えた。
「オレはオヤジ殿が何でこっちにしろと言ったのかよくわかってるからな」
「へぇ? ウィルさんが言ったんだ? 初めて聞いた」
「最初はオヤジと同じモノにしようとしてたんだよ。そうしたらオヤジのヤツ―――オレは消滅を習得したかったが、 そこまでの能力がなかった。だがお前なら出来る。後々、絶対にそっちの方が使うから消滅にしろ―――なんて、真顔で言ったんだよ。 真顔で、だぞ? あの人が。反対されるかと思ったらそんな事言われて、そうなのか、なんて思ってそのまま――」
「お前、素直だったもんな」
 思い返すように口調を真似て答えていた科白を区切られて思わずカイエルをじと目で睨む。
「―――とにかく、そういう事だ。それで今は非常に有り難い事この上ない。オヤジは正しかった、という訳だな」
「天下の魔方師が、ゴミ処理に魔方を使うなんて前代未聞だけどな」
「他人に迷惑がかからない、手間がかからない、いい事尽くしだ。文句あるか?」
「ないけどね。―――んで、話戻すけどさ。お前、ホント〜に、そう思ってる?」
「便利だと思ってる、オヤジの言ってた事も本当だったしな。簡単に習得出来たし――」
「そうじゃねぇ! っていうかオレ達にゃぁ逆立ちしても出来ない事を簡単にとか言うなっ!」
「お前の方こそ、他人に簡単に出来ない事を平気でやってのけてるじゃないか…」
 ツッコミを入れながらマグロの塊を片手で振り上げる姿に目を細める。 レシャ自身の記憶が確かならば、あの塊は非常に重く、台車を使って運んできた物体だ。 それを片手で軽々と持ち上げている姿の方がよほど異常だ。何の魔方効しもなく、自らの力だけで成しえるそれを。
「おお、どーせ馬鹿力ですよっ! これしかとりえがねぇよ! でもな重いもんは重いんだよ! つぅかコレ、結構重さあるだろ。 お前、よく持って帰れたな」
「台車で引いて来たに決まってるだろ…。そんなモノ素手で持ってこられるのはお前くらいだ」
 大げさに溜息を吐き出してそんな事を口にする姿に「あ、そうなの?」と呟いて照れ笑いを浮かべる。
「今更恥じるな」
「うるせぇ。花も恥らうお年頃なんだよ、オレは! お前と違って!!」
「お前の方が年は上だろ」
「外見はお前の方がかなり上だ」
 かなり、の部分に力を込めて言い返し、
「そんな事よりも、話戻ってないだろ。話を戻せっての!」
 レシャにしてみれば決してそんな事で済ませられる問題ではないのだが、会話がかみ合っていなかったかと眉を顰める。 その後で、いったい何処まで戻せば先ほどの科白に繋がるのかと思案して目を伏せた。
「―――誘いの話だって」
 溜息がちの助け舟。
「ああ、それか」
 納得したような頷き、
「疑う余地もなく、そう思ってるが?」
 にべもなくあっさりと返した。
「疑えよ…少しは。大体、アイツが住み着いたのは1年と2ヶ月も前! これだけ時間が過ぎてるってのに、 今更ご招待〜なんて可笑しいと思えってのっ!」
 力いっぱい包丁を握り締めて呟く姿はちょっと狂気的だ。軽く引き気味になりながら、
「目に留まるのに時間がかかれば、別に珍しくもないんだろう? 魔方師なんて、 “神”のいる街には両手人数くらい軽くいるもんだし。誰も彼も、お呼びがかかるのを目を輝かせて待ってるくらいだしな」
 自分には理解出来ないが、という言葉を飲み込むようにして呟いた。
「まぁ、お前がそう言うなら、そーかもしんないんだけどね。オレ的には、こう…この時期にそんな話が出てくるってのは、 厄介ごとじゃないかって思う訳だよ? つーかわかれ、ていうか気付け。いい加減。オレの言わんとしている事に」
 畳み掛けるようにして早告ぎに言い切ると、じっとレシャを見つめる。その視線を受けて小さく息を吐き出してから、
「いや、全く検討がつかない」
 事も無げに言い切った。
「はや! 少しは考えろって!!」
「考えても先の答えと同じ科白しか出てこないだろうからな」
「その思考回路、直結したまま固定しやがったな! 代えろ、今すぐ切り替えろ!」
「無理言うな」
「だー! お前ってホント、一本気ってゆーか、お堅いってゆーか、頑固一徹ってゆーか…」
「変わってるぞ」
「そういうツッコミはいらん! オレが言いたいのはだなー…―――いいか? 魔方師なんてな、お前も言ったが、 腐るほどいるんだよ。多分きっと。この街にもオレが知ってるだけで8人はいるんだよ。きっと知らない奴でもいるんだよ。 でもな、そこじゃねぇんだよ。上が目ぇ付けるくらいだぞ? しかも何十年ぶりだ。ただの魔方師なんか、 間違ったって呼ぶわけねぇだろ!」
 そこまで一息で言い切って肩で大きく息を付くと、真顔になる。それから数秒間を空けて、 本当に真剣な声音で予想すらしなかった、否、考えたくなかった科白を口にした。
「―――今、この街には珍しいに部類する人間がいるだろう? 街の話題はほぼその人物で持ちきりと言っても過言じゃないくらい。 特に、この酒場周辺、街の東方ではな」
 沈痛な面持ちで告げられたそれに、あからさまにレシャの顔が強張る。
「お前、まさか…」
「そーだよ。オレはね、セレスちゃんじゃねぇかって思ってるわけ」
 苦虫を噛み潰したかのような顔でそう断言して自分を見つめる幼馴染をレシャは険しい表情で凝視した。
 考えなかった訳ではない、考えない様にしていただけだ。稀とも言える銀の髪の持ち主でありながら、魔然師であるセレス。 それはつまり、生まれながらにして銀の髪と瞳を持ち合わせていたという事だ。長く一つ所に止まれば、間違う事なく“神”の耳に 入るであろうその容姿、能力。
「―――本気で、そう思うのか?」
 静かに、問い掛ける。その表情は厳しいままだ。
「可能性としては誰よりも高いとオレは思うんだけどな。お前はそうは思わないってか?」
 問い返されて、レシャは言葉を噤んだ。思わない訳はない、自分ですら初めて見た時はただただ驚きの連続だったのだから。 ただ、セレスは余りにも自然過ぎて、外見の色合いが違うだけで他の子供達と何ら変わらない、そういう印象を与えるのだ。 特別視するのは最初だけだ。街の人間達にも受け入れられたのはそういった面があるから、余りにも、普通だからだ。
 黙り込んだ姿に肩で息を付くと、まな板に向かい合うようにして大きなマグロの塊に包丁を入れる。 カイエルとしてもそんな事は考えたくなかったし、可能性というだけの話でもしたくてした訳ではなかった。 何事もなければ、何も変わらず、普通の人間、否、自分の周囲にいる子供達と何ら変わりないセレスを普通の子供として 接する事が出来ていたからだ。
「―――可能性として、ゼロじゃない。…オレだって嫌なんだぜ? まだちっさいのに人を捜すっていう目的持ってさ、 誰かの保護を受ける訳じゃなくて自分の足で旅をしてるセレスちゃんにしてみればこれ以上ないってくらいの厄介ごとだろ? だから、 気のせいで終る事を願ってる…。でもな――」
 ちらりとレシャを一瞥し、
「最悪の状況、それを常に想定しておくもんだ。アイツ等にとっちゃぁ、オレらの都合なんざ歯牙にもかけないレベルだろうからな」
 そう、呟いた。これ以上ないくらい不吉な事を、とても重い声音で。
「―――想定すら、したくないが…そんな事」
 半ば茫然とした声が僅かな沈黙の後に続いた。
「したくなくても、上で動きがある以上警戒の必要はある。―――今更だが、外に頻繁に出すべきじゃなかったかもしれないな」
「それこそ本末転倒だ。人捜しが目的なんだ、大勢の人間に合わなければ――」
「その人捜しってのも何だかな。誰を捜してるとかってお前聞いたの?」
 沈痛な面持ちで自らに言い聞かせるように呟くレシャの科白を区切り、今更な事を問い掛けた。
「一応…。聞いたというか、聞かれたというか」
「ああ、酒場のマスターだもんな。人に多く会うし…。どういう奴だって言ってた?」
「いや、どういう人間かまでは…。ナンバーズ、というのを捜してるらしい」
「ナンバーズぅ? 何だそりゃ」
「オレも同じ事を聞いたよ。セレス曰く…集団の名前のようなものらしい。そこに入ってる奴等全員を捜してるって。 どんな集団なのか聞いたら、カルト集団みたいなもの、と言っていたな」
 その科白に怪訝そうにカイエルは眉を顰めた。
「何だそりゃ。ますます訳わかんねぇ…っつぅか、んな情報だけで見つかるのかって言いたいんだが…」
「オレもよく知らない…というか、詳しく聞いてない。聞けるような雰囲気じゃなかったんだ。こう…何ていうか。 急に凄い凍り付いた表情になって、震えが来るほど静かな声で、凄い大人びた口調で―――親の仇、 みたいなものかな―――なんて言うから」
 軽く目を伏せてそう告げた姿にカイエルも同じ顔をしてみせた。親の仇――などと言われては確かにそれ以上聞く事も 出来ないだろうが、その科白は余りにもレシャ自身にとっては辛い記憶に重なる事がわかっていたから。
「そっか。まぁ、ちっさい子供の身分で充てのないない旅をしてるんだ…それ相応の理由があるだろうしな。 行きずりの身分で、根掘り葉掘りは聞けないか…。―――お前にしても、辛いだろうしな」
 その科白に、レシャは小さな頷きを返した。
「ま、気のせいだといいがな…」
「そうだな」
 今更な科白を口にしては見るものの、それこそ気休めとしか思えない。カイエル自身もそれはわかっているのだろう、 その表情は決して明るいものではない。厳しい表情のまま、静かに手元を動かしている。だからこそ、頷いたレシャの声音も 酷く張り詰めた声だった。



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