Number −銀の魔方師−
0:ヒトリ (00-02)



 透けるように白い肌が、暗闇の中で淡く小さな炎に灯されて浮き上がる。
「何代目?」
 少年のように幾分高い声が炎の届かぬ闇に包まれた天より呟き問うた。
「―――間違えたみたいね、私」
 先の問いに答えるかのようにして、がっかりとした少女の声が続いた。
 大きな銀の双眸が怒りにも似た光を放ち、鋭く細められる。 つっ、と右手を視界へと運びその手に乗っているモノを侮蔑にも似た視線で見つめた。
 小さな白い手を朱に染め上げたそれはへしゃげた楕円形のモノで、赤と青のコードが二本垂れ下がっている。 その手に余りある大きさのそれは、ほんのりとピンク色に輝いているようにも見えた。
 臓、であろうか?
「…見てよ、これ」
 溜息がちに呟くと、ずいっと自分の視界から更に上、ぴったりと耳に腕が付くほど真っ直ぐに伸ばして押し上げた。
「あらまぁ…」
 大して気に止めてもなさそうな暢気な声が上空の闇より漏れた。それと共にふわりと風が周囲を流れる。
「でっもさぁ〜、三代目だろ? ―――…結構、凄くない?」
「全然」
 間髪入れずにきっぱりと切り捨てた少女に、やけに明るい笑い声が返った。
「何が可笑しいの?」
 憮然とした声。
「別に…。たださ〜、何人いるかわかんない世界人口の中から一人の人間を探すのって大変だぜぇ? 三代目ってその孫じゃん?」
「違うわよ」
「―――ッ、んなはっきり…。まぁ、とにかく似たようなもんなんだからさ。きっと近くにいるって、な!」
 励ますような口調ではあるが声は高らかに弾んでいる。 現状を楽しんでいるように思えて、少女は一瞬だけ銀の双眸を細めた。 それから腕を降ろすともう一度確認するためにそれを目前へと運ぶと、まじまじと見つめる。
「ナンバー003、54」
 ほんのりとしたピンク色の中に一際目立って金属質の白い部分があった。 生々とした艶やかなそれに不釣合いに取り付けられていたそれは、一枚のプレート。 五センチ四方程度の大きさのそれは、今呟かれた言葉がそのまま記されている。
 ―――――bO03−54。
 そして、それに次いでこう標されていた。
 ―――――bO3配下の54人目と認め 汝をラプサと名付ける 我が前に 我が後に 我に従え  我の記憶を受けて 汝は目覚めた。
 呪文のようなそれを冷ややかな眼差しで見つめ、天を仰ぐ。
「アイツの目に叶ってたみたいね…、コイツ」
「だから近いって言ったんだよ〜オレは」
「―――そう」
 視線を降ろし、もう一度それを読み返してから口元を歪める。
「ちょっと、待っててね」
 腰を下ろしながら呟くと、手で持っていたモノを床へと降ろして背に回されていたウエストポーチを前へとずらしてチャックを開く。
 それから一つ、深呼吸。
「あー、まさか、とは思うけど〜、ここでやんのぉ? 面倒だよ〜、持って行こうよぉ〜」
 げんなりと気だるそうな声音が上空より投げられた、まるでそれが日常茶飯事であるかのような口調で。
 その声に少女は形のよい眉を顰め、上目遣いで天を仰いだ。
「嫌よ、こんなの持ち歩くの。…ナマモノだし、気持ち悪いじゃない」
(素手で掴んでて、何を今更…)
 そう、内心呟くも決して口には出さない。
「ふぅーん、そう」
 短く頷いて、少女の行動を大人しく見ている事にした。 その心情と様子から、今までの経験を生かしてこのまま何かを言って怒らせるよりはましだと判断したためだ。
 触らぬ神に祟りなし。
 まさにその通りであると、少女を見下ろしながら肩を竦めた。
「…何、笑ってるの?」
「笑ってないよ〜」
「口に出さずに、ね」
 ぽつりと呟かれた科白に苦笑して、
「口よりも手! 手ぇ動かしてよ。そんで、早く帰ろう!」
「動かしてるわよ!」
 一つ叫んで、開かれたままになっていたウエストポーチから青と赤のコードを引っ張りだした。 その先端部分には、青が01、赤が02とナンバーが振られていてその形はプラグのように二つに割れている。
「端末繋いでデータ確認もしないとね」
「…確認って、ここでぇえ〜?」
「他に何処があるって言うのよ?」
 さらりと返すと、二本のコードを同じ色同士で先ほど手にしていたモノと接続した。 その後、首に下げられていたゴーグルをかけなおすと再びポーチに手を差し入れて今度は黒いコードを取り出す。 そしてそれをゴーグルの右側面に設けられていた小さな穴に差し入れ、 次いでポーチから六センチほどの大きさの長方形の黒い物体を取り出した。
「パパッと頼むよぉ」
「なるべく、ね」
 小さく肩を竦めた少女は黒いそれに両手をあてて開いた。
どうやらノート型パソコンの類のモノらしいが、どんなモノなのかがよくわからない。 本来ならそこにはモニターとキーボードが並んでいるはずである。 しかしそこに在るのは片側の面に画面、もう片方の面はビニールのような薄い膜が張られているだけ。
Hello.Please develop, and confirm it
 右手を薄い膜の上に乗せ、呟く。するとピッという機械音を黒い物体が上げ、膜の下から白い光が漏れる。
『音声、手形、確認。本人と認めます』
 そう合成ボイスが告げると、薄っすらと白く発光する膜に乗せられていた右手が、数ミリ吸い込まれるようにして融合した。
After it consents, and it starts, the connection with the terminal is confirmed
『端末確認。接続可能領域です、接続しますか?』
Please start accessing
 その声に反応するようにしてピッと再び音を立ててモニターに電源が入り鈍い緑色の画面が映し出される。
『複製体と確認、オリジナルはナンバー03です。機体番号、54。機体名、ラプサ。これより先、データに侵入しますか?』
 そこで「はい」と声をすぐに返す事なく、少女は考える仕草を見せて目を軽く伏せる。 これまでの事を思えば、罠がしかけていないとも言い切れない。
 が、しかし。
 戸惑っていては、疑い手を引けば、望むモノは手に入らない。 どんな危険を冒そうともその先にあるのは必要となる情報だ、躊躇う余地などある訳がない。
「―――Yes
 短く答え、それを受けて動きを見せたモニターへと目を通し始める。 そこに映し出されているのは何かの絵文字のような羅列だ、それがスクロールされるようにして上へとどんどん流れて行く。
 それを読むようにして暫くの間押し黙っていた少女だったが、その動きが止まるのと同じくして深い溜息を漏らした。
「どう?」
 上空からの声に、
「駄目。ここにはいない」
 そう答え、面倒くさそうに顔をしかめて軽く頭をかいた。
「再生状態の方は?」
「どうしようかな…、正直、面倒だよね?」
「そうやってサボった今までの中に、必要なコト、あったかもね〜?」
 暢気に返された科白に、ぐっと言葉を詰まらせる。
「でもまぁ…今までサボったのは下っぱもイイとこだったんだし、ナイと思うけどサ。 でも、ソイツは調べた方がいいんじゃない? 命名されてるくらいだしさ〜」
「むぅ…。そう言われると……そうかもしれないけど。アイツの方の情報は別にいらないんだけどね」
「まぁ、あそこから動く訳ないだろーからねぇ〜。ま、その時はその時ってコト。今更じゃん?」
 あっけらかんとした声に、
「…仕方ない、やりますか。オリジナルの情報が欲しいし…データ削除もしないとだし」
「そういう事」
 自身に言い聞かせるように吐き出した科白にあっさりとした頷きが返り、はあぁっと大きな息を吐き出した。
All data is blotted out. Afterwards, the reproduction pattern is investigated
『了解』
 合成ボイスがそう答えて、ピッという音と共にモニター上に並んでいた文字の羅列がほとんど繋がっているほどのスピードで移動し、
『全てのデータ抹消を完了。引き続き、再生パターンの調査に移ります』
 再び音を立ててモニターが元の黒い姿へと戻る。
「今度は当たればいいねぇ」
 待ちくたびれたような口調が続いた。 それを耳にして少女は素直に頷き、その件に関しては同意見だとでも言うかのような眼差しで上空を見上げる。
「…大当たりだと、いいね」
 溜息にも似た頷きが返った事に上空で一つ不安げな声を漏らした。それは闇に紛れて少女の耳に届く事はなかったが、 聞こえなくともその後に来る科白は既に彼女にはわかっている。
 この会話をするのは一体何度目なのだろうと、げんなりとしてそんな事を考えていた少女の耳にピーッと音が届いた。
『調査終了。この複製体がナンバー03の精神パターンを所持している事が判明しました。 再生の経過、及び状態を保存しますか?』
 告げられた合成音に少女は初めて、小さな笑みを浮かべた。
「大当たりだったみたい」
 何とも言い難い、そんな声音で満足げな呟きを漏らすとクスクスと笑い出す。
「ホント、よかった…」
「全くだね〜。これで次へ移れる」
「精神パターンは残すとして…、―――他は、いつも通りでいいと思う?」
「何度聞かれても同じ答えだし、自分でもそう思ってるのに聞くの?」
「お約束」
 クスクス笑いながらそう答える。
「相変わらず好きだね、そういうの。毎度の事ながらさ。…んじゃ、お望みの科白だ。 やっかいな事になるからさ、綺麗さっぱり消さないとね〜」
 返った科白に大きな頷きを返し、
Preserve only a mental pattern, and, additionally, blot everything out. Cut the terminal after it ends
『了解』
 再び動き出したそれを見つめ、少女はもう一度満足げに頷くと天を仰いだ。
「八人目、ね…?」
「―――だ、な…」
 短く答えた声が先ほどよりも半音高くなっているような気もしたが少女は全く気に止めた様子もなく小さく口元を歪めると、 右手が入り込み融合したままになっているそれを見つめる。やがて動きが止まり、次いで合成ボイスが続いた。
『端末、抹消しました。固体、ラプサを消滅させますか?』
Yes
 間髪入れずに答え、
Afterwards, search for the person of the name of No.03
 そう、続けた。
 それからほどなくして映し出されたのは付近の地図。 真剣そのものの表情でモニターを見つめるその先で、それは拡大され、誘導するかのようにして地図上の移動を始める。
 数秒の後、一つの街に赤いランプが点燈した。
「―――こんな所に隠れていたのね…、三人目」
 そう少女が呟いた瞬間、銀であるはずの双眸の片方の瞳が淡い碧へと変化したように見えたが 炎が揺らめき消え失せたせいで確認する事は出来なかった。


0:ヒトリ END

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