第3話  自称占い師

 
 時間を潰す事2時間。空はいい感じに茜色。
 オレの心も、沈む夕日と共にどんどこ沈んでるんだけど。
 そろそろ行こうかな、とマミーを一パック飲み干して立ち上がる。
「そこな少年」
 例の現場をもう一度見に行って、人が減ってる事を祈りつつ。つーか減って無くても、もうやるしかねぇよなぁ…。
「そこのメガネかけた少年」
 しっかしこの分だと夜だよな〜間違いなく。日は確実に沈むだろうなぁ、どうしたもんかね。
「そこのマミー少年」
「って、誰がミイラかっ!!」
「あははは。いい反応だねー少年」
 思わず反応した先にいたのは、豪快な笑いを展開する女。何つーか、結構美人な筈なのに、 全く大人の色気とかなくってガサツに見えるのはオレの気のせいか?
「…初対面のレディに対して失礼だね、少年」
「なっ…何が!?」
「私に対して失礼な事を考えたね? 動揺してるのが何よりのしょーこ」
 くっ…。この女、何者………ってか、オレってそんなに顔に出てんだろーか。
「ああ、まぁ、少年はポーカーフェイスとはほど遠いわね」
「人の思考に突っ込むなよ!」
「あははは。本当にそんな事考えてたのか〜。素直だねー」
「どっちが失礼なんだよ」
「えー? 何が?」
 何が? じゃねぇ!! 何だよこの女…。
 アレか? コレが親父の言ってた珍事件とかか???
 つーかこんな女に構ってる暇ねぇっつーの。
「じゃあな」
「ちょっと待ってよ。せっかく声かけたのに」
「…何か用かよ?」
「用ってか、単刀直入に言うよ。―――少年、死相が出てる」
 ぐはっ。
 何か断言した!! しかもありえないくらいマジ顔で。
「……何だよそれ。どっちが失礼なんだよ、初対面の人間に。つーかアンタ何?」
「心が狭いねー少年。そんなんじゃデカイ人間にはなれないよ? 見てわかんない?」
 わかったら聞かねぇっての!
「しょーがないね。見ての通りよ、う、ら、な、い、し」
 ………。
 くるりと反転。オレは何も見ていない、何も聞いてない。
「こらこらこらこら。現実逃避はいけないぞー」
 ぐはっ、何か肩掴まれた。何コレ、馬鹿力??? す、進まん…。
「こら少年。年長者の意見は聞くものだよー?」
「離せよっ!!」
「少年、注目の的だよー」
「誰のせいだ!」
「ま、下校時刻のこの時間、この程度の騒ぎを気にするような愁傷なヤツはこの辺りにはいないけどね」
「何だそれ!」
「それくらい賑やかって事よ。っていうか、まー事件があったせいで、気にする余裕ないってのがホント」
 肩を竦めて苦笑する。つーかこっちが苦笑いだっての!
「でね、少年。死相が出てるんだけど」
「あっさり言うなよ、あっさり! つーかそんなもん、勝手に占ったって金なんか払わねぇからなっ!!」
「誰も金払えなんて言ってないよ。私の言いたいのはその先」
「先?」
「そ。少年の死相、回避する方法があるんだけど、コレでどーぉ?」
 言いながら、3本、指を立ててオレに示した。
 にっこりと意味ありげな笑みを浮かべて、オレの反応を待ってる感じ。……いや、どうしろと?
「で? それが何?」
「何だ、少年わかんないのか」
「いや、わかんねぇだろ?」
 オレの科白に、「はぁっ」とこれ見よがしな溜息を吐き出しやがった。喧嘩売ってる?
「……少年、裕福かつ甘やかされて育ったね」
 ぽつりと失礼な事を言いやがった。
 そりゃ確かに貧乏じゃないし、甘やかされてる気もするけどさ。裕福な暮らしじゃねぇし、 痛い目ってか死にかけた事も数知れずなんだけど……身内のせいってか主に親父のせいで。
「図星かね、少年? いかんなー。ウチの妹の爪の垢でも煎じて飲んだらいいよ」
「…何で通りすがりのアンタにそんな説教されなきゃなんねぇんだよ」
「確かにそれもそーね」
 半目で睨んだオレに、やたらあっさりとした頷きが返る。何なんだよコイツ…。
「3万。これで私が死相回避してあげる。どぉ?」
「いらん」
 得意満面な顔に即答。つーか、どこをどーみても、足手まといっつーか。厄介者っつーか…。
「3万で死が回避できるのに?」
「……あのさ、一つ言っていいかな?」
「何?」
「オレがそんな金持ってると思ってるわけ?」
「子供が死ぬのを防げるなら親が出すでしょ? その程度」
 ………。あっさりと、何なんだこの女。
 つーかそもそも、そんな金払うくらいなら、オレに言わねぇっての。あの親父は。
「出ない。出さない。ありえない。つーかオレが死ぬって前提かよ」
「死相が出てるもん」
 エライにこやかに言われました…。
「死相だろ、確定じゃない」
「んじゃ死ぬ」
「何だそりゃ!!」
「とにかくさ、どーぉ?」
「いらない」
「即答か。まだ若いのに命捨てる事ないと思うよー?」
「だから何でオレが死ぬ前提なんだっつーの!!」
「落ち着け、少年。つねに平静でいられるようにならないと。まだまだだね」
「だから何がだよっ!!」
「それは、少年が未熟 「大変なんですけどー」
「何がっ!?」
「大変なん 「いや、これ電話」
 はぁ!?
 大変なんですけどー、という声が続く。つーかコレ着信音かよ。大丈夫か、この女。
「で、少年。考え直さない?」
「直さないし、電話出れば?」
「つれないなー」
 なおも、大変なんですけどー、という着信音が続く。つーか誰の声だよ、これ。
 上着のポケットから携帯を取り出したのを見て、オレはきびすを返す。ったくいつまでも付き合ってられるかっての。
「って、少年ちょっと待った!」
「いらんいらん、何もいらねぇっての!」
「ちっ」
 ……今、ちっ、って言ったよ、この女。舌打ちしたよ、何なのコイツ。
「あーもぉ、しょーがないな。んじゃ、アドバイス 「いらねぇ」 …そー言わないで聞きなって。 死を回避するアドバイスあげるから」
「だからいらねぇって」
 しつこい、と思って睨み付けるのに振り返ってみれば、大変なんですけどー、と鳴り響くってか言い続ける? 携帯を左手に、 にこやかな笑みを浮かべてる。……アレは絶対何かたくらんでる顔だ。そうに違いない。 これ以上関わらない方が良さそうだ、オレの本能がそう叫んでる。もう絶叫レベルで。
 だって親父と同じニオイがすんだもん。この女……。関わると死ぬような場面じゃなくても死ぬ気がする。
「少年、本気になりな」
「は?」
 急にマジ顔になってそんな事を言いやがった。何だコレ、不意打ちか? 思わずバカみたいな声上げちまったじゃねぇか。
「本気の本気、もうマジになりな。そーしたら、回避できるよ」
「何だよソレ」
「いいから聞いときなって。結構当たるって評判なんだから」
「……金は払わないって言ったよな?」
「いいよ、別に。そーだね、当たってたらさ、また、何かあったら私んトコきなよ。そしたら、そん時はお金払ってもらうから」
 …なんだそりゃ。
「って事で、死相の少年。死なないで、次、遠慮なく私に入金しに来なさい」
「それが結局狙いかーっ!?」
「当たり前よ。副業だけど、貴重な収入源なんだから」
「副業かよっ!!」
「そーよ。悪い?」
 いや、悪いって言われても。別に悪くはないんだろうけどさ。……って、違うだろ!
 何なんだよこの女。何でオレ半目で睨まれてるんだよ。わけわかんないよ。
「ま、とにかく。せっかく言ったんだから聞きなさいよね? 本気になる事。忘れないよーにね」
 へらっとした笑みを浮かべて、大変なんですけどー、を停止させる。じゃなくて電話に出た。
「何ー?」
 ……声デカイよ。
「え? 嘘っ、それはヤバイんじゃないの?」
 何がだよ。つーかお前の存在の方が絶対ヤバイ。
 だいたい占いの方が嘘っつーか、いや、多分、オレに死相が出てるのは確かだろうけどさ。 この女の占いは当たらないと思う。だって適当さ加減しか伝わってこねぇもん。真面目に相手しちゃったオレがバカみたいじゃねぇか。
 ……今更気づいたオレって本当バカだな。
 溜息一つ、きびすを返す。
 さっさとこの場ってか、この女の視界から消えよう。これ以上、こんなとこで時間喰ってる場合じゃねぇし。
 すたこらと歩き出す。
「あ、ちょっと待ってて。……少年〜」
 スルー。完全にスルー。人ごみにさっさと紛れ込む。
「マミー少年ーっ!!」
 その声を合図に、オレは全力疾走した。
 つーかマジで付き合ってられるかっての!!
 その足で例の事件のあった現場へと行って、確認して。ああ、まぁ、人はいたけどもう気にしてる暇なかったし。 ちょっと走り抜けただけだから、多分気付かれてない筈。騒ぎにもなってなかったからな。
 その後で、親父の言ってた山とやらへ向かった。
 勿論、ここにいるって確証は全然なかったんだけど。
 事件の現場に残ってた気配は綺麗に消えてた。いや、消されてたって言った方が正しいかな。これだけの事をやるだけあって、 流石にバカじゃなかったらしい。まぁ、同族の追っ手振り切って逃げてる連中だしな。そのくらい当然か。
 それでも、微かに残るモノがある。
 オレ達にしか嗅ぎ分けられない、ニオイ。……いや、オレ達って言ったら語弊があるか。探査を専門にしてるヤツラなら、 腕がよければ気付くかもしれない。
 一族特有のってかね、何て言えばいいのかなー。まぁ、犬とかのマーキングに似た感じというか。 アレは自分のテリトリーを誇示するためのもんだけど、得物を定めた場合に、似たような事をするから。それが残ってた。 ま、周囲に気付かれないようにするから、マーキングみたいにあからさまじゃないんだけどさ。
 とにかく、それが、しっかりがっつりと、親父の言ってた山へ続いちゃってるわけで。
 もー勘弁してくれって泣きたい気分だったんだけど。正直。でもわかっちゃった以上、気付きませんでした、わかりませんでした、 みつかりませんでした、って訳にもいかないから。
 それはもう決死の思いで、オレはその山へと足を踏み入れるのであった。
 辺りは何つーか暗い。
 日没まで2時間と読んでいたんだが、実際はもっと早かったらしい。
 そうだよなぁ、移動してるんだもんな。東に……はぁ。
 まだ完全に夜ってわけじゃないが……中は完全に真っ暗だろうなぁ。おい。
「どーするよ、コレ…」
 あのヘンな女のせいだ。こんちくしょー。
 どこかで一泊して、明るくなってからにするかなぁ。
 いや、でもなー。コレでまた別に被害者が出るなんて事になったらなぁ……親父の立場が余計悪くなるしなぁ。
 被害に会う人にも悪いしなぁ。
 だからと言って、このまま行ったら、オレ、殺されに行くようなもんだしなぁ。
 どーする、どうするよ、オレ。
 素直に、兄貴に連絡取ってもらえばよかった。……もう遅いけど。
「…とりあえず、栄養補給」
 最後の一本、マミー。
 これが最後の晩餐かもしれねぇなぁ……はははは。笑えねぇ。
 手ごろな木の根元に腰を下ろして、街を眺めるように。
 都会の夜は明るいねぇ。電気が。
 家は山ん中だしっつーか、山が家っつーか…。山のふもとに学校はあるし、あんまり遠出しなかったもんなぁ。
 ……って、アレ?
 もしかしなくても、オレ、人生初の長距離移動したんじゃ…?
 うわ、気付くの遅っ!! 実感あまりないけど、そーだよなぁ。西日本から東日本へ。大移動だなぁ。 いやー遠くまで来たんだな、今更だけど。
 そうだよな、遠いんだっけ………骨も拾ってもらえないくらい。
 哀しくなった。
 ………いかん。マイナス思考しか働かねぇ。
 えーと何か別の事……そういや、他にも追っ手っていたんだっけ。そいつらが拾ってくれるか、骨。って違うだろ!
 つーか、そっちのヤツラが、アレだよ。片付けてくれねぇかなぁ。そーしたらオレ、このままUターンでいいんだもんなぁ。 未熟で経験不足なオレを出すなっつー話だよ、そもそも。
 だいたい、地理だってさ、そりゃ、逃げてるヤツも詳しくはないだろうけど、オレよりは絶対詳しいだろーし。
 ダメな要素しか思い付かねぇ……。
「“雪”。オレ、今度こそ死ぬかも…?」
 独り言。答える声は当然なし。
 ちなみに“雪”ってのは、オレの……じゃないけど、愛刀の名前。オレが付けたわけじゃないからな! そこ間違えるなよ!!
 まぁ、今までにも何度か、あの親父のせいで死にかけたよ。何度か。むしろ何度も。
 だけど今回は、一人。完っ全に、オレ一人。保護者なし。
 死にかけで済んでたのは、保護者同伴だったからであって、今回はそれがナイ、と。
 こっそり誰かが付いて来てるってのも考えたんだけど、ないみたいだし。子供にやらせるには荷が重過ぎるよなー絶対。 いくらオレが“雪”を預かってるったってさぁ。限度があるっつーの。親父に信用されてる以前の問題な気がしてきた…。
 だいたい……ライオンは子供を千尋の谷へと突き落とし、這い上がってきたモノだけを自分の子供として育てる。 実際は蹴落としたりしないらしいが、オレはする!! ……とか。親父の口癖。実際、千尋じゃないけど、谷に蹴落とされた。 つーか何で蹴る?
 もうわけわかんないよ親父。
「死んだら親父を呪ってやるか」
 化けて出る、と言わないところがオレ。つーか化けて出たら餌食になるだけで、絶対勝てねーもん。 相手はそれで生計成り立たせてるんだからさ。オレの学費とかも。
 はぁ。
 もう溜息しか出ない。もしくは乾いた笑い。はははははって、バカかオレは。
 ……せめて骨くらいは拾って欲しいところだけれど、今更言っても始まらない。そもそも覚悟は出来て……るわけないじゃん。 けど、やらないわけにもいかない、と。こんなトコまで来ちゃったし?
「んじゃ、行くかぁ」
 やる気とか全然ないけど。
 やられに行くようなもんだしなぁ、やる気を出せって方が無理だよ。こんちくしょー。
 くしゃっとマミーのパックを丸めて、ポケットに突っ込む。
 死んだら絶対化けて出ると心に決めて。……いや、決めたくないけどさ。念のために。
 せめて中学くらいは卒業したかったよなぁ。後半年切ってるのに。
 それに、今度の冬休み愉しみにしてたのになぁ…。
「“雪”が取られるわけにもいかねぇし、何とかしねーとなぁ」
 でも、何とか出来なかったら、享年15才。………いや、ダメだろ。それは。つーか出来ない確立のが高すぎなんだっつーの。
 ちくしょー。
 がっくりと落とした肩を立たせて、メガネを掛けなおす。
 やるしかない、やるしかない、つーかヤレ。成せばなる。
 自己暗示をかけつつ、不安をいっぱいに背負って、つーか不安しかないけど! オレはやっと森の中へと、 ニオイが強く残っている場所へと足を踏み入れた。
 もう帰れないかもしれない街を3回くらい振り返る。
 情けないのは自分でもわかってる。だからそれが、見納めにならないよう、まぁ、祈るしかねぇんだけど……。



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