第2話 KEEP OUT
バスに電車に新幹線、更に電車を乗り継いで。 「遠っ…」 車窓から街を眺めながら呟く。 都会だなー、鉄筋の建物ばっかりだよ〜すげーなぁ……って、もう感動終ったわ!! くっそ、まだ着かねぇのかよー。暇だよー退屈だよーありえねぇえ……。 「はぁ」 電車に揺られ揺られ、立ってるのは苦痛でも何でもないが、この時間が苦痛だ。 暇すぎて死にそう……。 ぱちっ。 一瞬、軽い電磁ショックが躰を通り抜けた。 やっとか、と胸を撫で下ろす。管理地を囲むように結界を張ってある、と言ってたから、今のが境界なんだろう。 どうやら目的地までもうすぐらしい。 ………とは言え、国内で上から数えた方が早い敷地面積を誇る管理地だけに、本当にすぐ着くかどうか怪しいんだが。 つーかコレだけの広さ囲めるならすぐに………て、ああ、それはダメなんだっけか。 ああ、めんどくせぇ。 ++++++++++ で。 「着いた…」 オレ泣きそう。よくわからんが、すっげー達成感がある。 結局アレから30分も電車に揺られたんだが……どんだけ広いんだよ。つーかコレ、本当に管理しきれてんのか? ……いや、オレが未熟なだけかもしんないけどさっ! 「とりあえず、現場…」 報道されていた場所を確認しとかないと。臭い確認しないと。阿呆みたいだけど、必要だし。 コートのポケットに手を突っ込んで、折りたたまれた紙を取り出す。 「って、何じゃこりゃぁ!」 叫びを上げてから、はっと気付く。周囲を見回すと……通りすがる人の注目の的だった。 ………。 こほん、と咳払いを一つ。その後でオレが何ごともなかったかのようにその場を去ったのは当然だ。 ちくしょーいきなり恥かいたわ! くそっ、親父の野郎。こんなとこまで来て!! 折りたたまれた3枚の紙の一番上には、親父が満面の笑みでVサインかましてる写真があった。オレには文句を言う権利がある! 絶対ある!! これは当然の権利だっ! 「何でこんなモノが混じってんだよ…」 丸めてコンビニの可燃ゴミ箱へ投げ捨ててやった。ざまーみろっ!! ………さて、気を取り直して。 事件のあった現場は、公園だ。 駅からそう遠くはない、駅周辺の商店街から住宅地への境目あたりにある、小さな公園。 手荷物は背にかけた細長い袋だけ。中身は愛刀。真剣さながらってかソレよか性質の悪い代物だけど、 オレの服装は学生服にコート。背中のコレも、竹刀が入ってるとしか思われないだろう。 地図と建物を見比べながらゆっくりと歩き出して、ちょっとだけ気になったから、かけていたメガネをずらしてみる。 「うへぇ…」 思わず声に出して、慌ててメガネを掛けなおす。 五大霊場と言われてんのは伊達じゃないな。こんなトコに住んでたら、敏感なヤツは神経イカれるんじゃないか? ……その前に憑かれるか。まぁ、そうならねーよーに、協会があるわけで。 こんなトコで仕事してたら、嫌がおうにも腕上がるよな、そりゃ。 しっかし…。 その状態以上に、目を引いたのは、街をぐるりと取り囲むように覆われていた、薄い緑の幕。 人間にできる芸当とは思えないよな、やっぱ。こんだけの管理地を囲む結界なんざ。 隅々まで見えたわけじゃないけど、とりあえずそう結論。だってこの結果の中に入ったの電車で30分前だし。 むしろ電車降りてから………ってぇ、何で18分も過ぎてんだ! くそ、親父のせいだっ! 余計な時間取らせやがって。 歩くスピードを上げた。暢気にやってたら日が暮れる。夜になってご対面なんざしたら、万に一つの勝機が消える。 ……すでに万に一つとか言ってる時点でダメか、オレ。 えぇと、この先の銀行を右折……ああ、あれか、あそこ曲がったらすぐな。 更にスピードを上げて、オレは角を曲がった。 曲がったんだけど……。 ってぇ、何だよそれは!! これはアレか! オチってヤツか! 笑えねぇ!! 流石に声には出せないから、内心思いっきり叫んだ。ありえねー。 現場近くまでやって来たオレの目に入ったのは黄色の帯。 KEEP OUT KEEP OUT KEEP OUT KEEP OUT ―――以下、エンドレス。 公園、立ち入り禁止。はぃ、終了。ダメダメじゃん。どうしようもない。 むしろ周辺の道路が封鎖されてる時点で終ってるよ。こんちくしょー。 ちらりと周囲を見ると、発見が昨日の明け方で1日経過してるっつーのに野次馬いるし。報道の方々が…多い事多い事。 邪魔だなー。もしかして道路封鎖されてんのコイツらのせいか? ああ、どうすんだよー。 ……いや、ちょっと離れた所から飛んでくとかすれば気付かれはしないだろーけど。 流石に未熟なオレでも…って自分で自分を未熟って言うのも問題あるけどな、事実だし! ちくしょー。 何かよくわかんねぇが悔しくなって……じゃなくて。とにかく、オレでも一般人の目にも止まらぬ動きくらいは出来るわけで。 でもなぁ…。 現場調べるのになぁ、人いるっぽぃしなぁ。ダメだよなぁ。協会に連絡して人払いに立ち入り許可って目立つよなぁ、やっぱ。 一応、逃亡してるヤツを捜してる追っ手になるわけだし、相手にここまで追いついたってか、オレが来たってバレるもんなぁ。 バレたら逃げられるか、奇襲されるか。 ………オレだってわかれば、間違いなく後者だろうな。 だから親父がくればよかったんだよ、ちくしょー。めんどくせぇなら“北斗”なんか辞めちまえ! っても、そうもいかないからなぁ。それってイコール引退って事だしなぁ。親父が引退なんかしたら、オレの学費がっ!! …って、違うだろ、オレ。落ち着け。ヘンな方向行ってる。まずはこの状態をどうするか、と。 どうしようもない。うん、どうしようもないわっ!! 「……コンビニいこ」 とりあえず時間を潰して、中の方の人が減った後だな。めんどくせーけど、歩いて行けないなら飛び越えてくしかねぇし。 確実に夜じゃねぇかよ、夜。大丈夫か、オレ? どんどこへこむっつーの。 こんな時はアレだな、やっぱアレ。 コンビニで、元気の源、マミーげっと。 とりあえず買い占める。ふっ…大人買い。店員が引いてた気がするが、そこはスルー。 駅前まで戻って、マミーを飲みつつ人間観察に興じる事にした。 「あ」 激しくやる気のない足取りで駅まで戻って来て、駅名を見てから、気付いた。 そういや、現地付いたら電話しろって言われてたんだっけ。 親父のせいですっかり忘れたぜコノヤロー。ったく、何であんな写真…つーかいつ撮ったんだっつーの、あんなの。 思い出したらムカついて来た…。くそっ、親父のヤロー。こんな遠くにまで来てオレで遊ぶなっ!! 駅の傍にあった電話ボックスに入り、ポケットから財布を取り出して、一枚のカードを取り出して、溜息。 つーか今時テレホンカードなんか使うやついねぇっての。 項垂れつつ、受話器を上げてカードを挿入。 自宅の電話番号をプッシュして、呼び出し音に反応が出るのを待つ。 …………ぷるるるるるる。 って、何で誰も出ないんですか? 自分で電話しろって言っといて、親父いないんですか? 何だ? 新手のいじめかコノヤロー。 …………ぷるるるるるる。 オレがうるるるるだコノヤロー。何だよっ! 何が定時連絡だよっ!! 馬鹿にしてんのかっ! だーもっ、真面目に電話してるオレがバカみたいじゃん。バカだよ、バカ。こんちくしょー。 かちゃ。 「…親父、覚えてろよ」 って、何そのタイミング!? 思わずトリップしたまま呟いちゃったじゃねぇかよ! どうしてくれる!! 「……十郎太?」 優しげな、若い声がオレの名前を名指しするわけで。つまりはアレか? しっかり聞こえてたって事ね。あはははは。 よかった、親父じゃなくって。 「兄貴?」 「やっぱり十郎太か。いきなり父さんにそんな事言うの十郎太くらいだからね」 「…いや、わざとじゃないから。こう、ちょっと……自分で電話しろって言っといて、到着時間の予測くらい付くだろうに、 電話に全くでないから新手のいじめかと思って、独り言を」 「そっか。無事に着いたんだね?」 「うん。……で、渦中の人は?」 「いないよ」 はい? 何ですと? いないですと? ちょっと待てぇええ!! 「1時間くらい前に、召集かかって出かけた筈だよ。今日は帰れないかもってオレのところに連絡来たから」 「そうなんだ…」 「うん。いぢめてるわけじゃないから、そこは安心してもいいよ」 「忘れたんだな。オレに電話しろって言ったの」 「そうじゃないよ」 何でか苦笑が返る。 「そういや、兄貴。今日帰ってくる予定だったっけ?」 「いや? 本当は直接次の仕事だったんだけど、父さんから連絡があって。忘れてる事を視野に入れて確率は五分だけど、 十郎太から電話があるかもしれないからって言うから。そのために一度帰って来たんだよ」 「え…そうなの? わざわざごめん」 「いいんだよ。連絡しろって言った父さんが悪いんだから。オレは長男だし、そのくらいのフォローしないと。 可愛い末っ子のためにも」 ………。何でこの人、平気でこういう事言えるんだろう。誰かが回りで聞いてるわけじゃないのに、すげー恥ずかしいんですけど。 「でも、丁度良かったよ。今帰って来たところだから」 「そっか」 「玄関開けてたら電話鳴るから、間に合うか心配だったけどね」 「もう2、3秒遅かったら切ってたかも」 「父さんへのメッセージを残して?」 「だって言わないと気がすまないじゃんか。ってかさ、普通、留守電とかさ。あるじゃん? 何でウチっていつまでも黒電話なわけ?」 「んー。電話回線が繋がってると、その間の狭間という感覚がなくなってね。家の周りを結界で覆ってても、 電話回線繋がってるとそれが通り道になっちゃうからじゃないかな? 電話使って攻撃とか、普通に届くし。 留守電なんかにしたら、留守録中、やられ放題になっちゃうから」 「……だからって黒電話はないと思うよ。もう使ってる家、絶対日本でもすげー少数だと思うよ。せめてプッシュホンにしようよ」 「うーん。父さんが死ぬまで無理じゃないかなぁ。何しろ、母さんと最初に会話をした電話だし」 え…? 何それ? 初耳だ。そんな話聞いた事ない。 「そうなの?」 「……その声の感じだと、知らなかった?」 「うん」 「そっか。しまったなぁ……」 「何でしまったなんだよっ! 別にいいじゃんか。だいたい、それ知ってたら電話変えろって言わないよ、オレ」 「うん、まぁ、そうだろうけどね。父さんの母さんへの溺愛っぷりは、見てて痛いくらいだから」 「実際痛いんだけどな。主にオレが」 苦笑が返る。つーか苦笑しか出ねぇわな。あの親父では。 「まぁ、そんなわけだからさ。父さんも、普段は大人でしっかりしてるんだけど、母さんが絡むとどうしようもなくなるから。 何ていうのかな、母さんの思い出一人占めしたいんだろうね」 どこの甘えん坊な子供ですか……。 「そういうわけだからさ、十郎太も……耐えてあげて」 「すげー嫌」 「いやまぁ、気持ちはわからないでもないよ? 見てる方にもダメージあるからね、あの光景は」 49才にもなる男、しかもデカイっつーかいかついおっさんが、自分の息子に妻の姿を重ねて懐く姿は、確かに気持ち悪い。 一応言っておくが、オレの顔が母さんにそっくりってわけじゃない。 顔だけなら他の兄弟のが似てるってか、そっくりなのが一人いるし。それなのにオレにやたらと固執するのは、頭のせい。 まぁ、頭っつーか髪の毛なんだけど。兄弟の中で、オレだけが母さんと同じ髪。 だからこの髪にほお擦りしたりするんだよ、あの親父は………うわ、寒気がした。 「十郎太? 大丈夫? 失神してない?」 「…大丈夫。ちょっと思い出して寒気はしたけど」 「そう、悪かったね。……まぁ、そういうわけだから、電話はこのままだよ」 「使用停止になったらどうするつもりなんだか」 「自分の部屋にでも飾るんじゃないかな?」 やりそうだ……。 「―――それで、十郎太。話が随分と逸れたけど、丁度、到着したところ?」 「え、ああ、うん。じゃないや、一応、着いてから現場見に行ってみたんだけど」 「うん?」 「立ち入り禁止になっててさ。人も多かったから駅に戻って来て、電話してる」 「なるほど。人払い頼む?」 「いや、目立つからいい。もう1、2時間してから、見に行くつもり」 「……夜になるよ?」 「わかってる。でも、ヘンに目立ちたくないし、人払いなんか頼んだらオレのことバレるじゃん?」 「…どちらにしろ、危険なのは変わりないか」 「うん。だから、そこは諦めた。目立って奇襲されるよりいいかなって。一般人、これ以上巻き込むわけにもいかないだろ?」 「…それは、そうだね」 間を置いて、「はぁ」と溜息を一つ。 「十郎太、自分には荷が重いって思ってるだろ?」 「え……あ、うん」 「それは半分当たってるけど、半分外れ。父さん、十郎太でもやれるって思ったから頼んだんだよ」 「そ、かぁ?」 「そうだよ。じゃなければ、頼まないよ」 「…自信ないんだけど」 「でも父さんには、自信があったんだろうね。十郎太ならやれるって。信用されてるんだから、やり遂げないとね」 「………信用、されてんのかな? そっちの方が自信ないや」 「してなかったら頼むわけないだろ。一族の恥なのに」 恥って…。兄貴。何か声のトーン下がってますよ??? 「半分当たってるって言ったのは、相手がどうしようもなく性悪で卑怯で性格曲がりまくった変態だから」 うわっ。何か凄い事言ってるっ!? 何だろ、ここまで妙……いや、普通だったら妙でもないけど、兄貴がこんな事言うのってすげー妙なんだけど。 何かあったのかな…。電話越しに伝わって来る殺気にも似た何かが怖くて聞けないけど。 「十郎太は馬鹿正直なくらい素直で真っ直ぐだから」 「なっ! 誰がだっ!!」 「そういうところが、だよ」 くっ。あっさりと言って「はぁ」とか溜息付いてるし!! 「だから、そういうところがオレとしては心配」 ぐっ、そう来たか。 そんな事言われたら何も言い返せないじゃんか! 「まぁ、父さんが信用してまかせてるんだから、オレも自分の弟信用しないといけないんだけどね。でもね、 やっぱり……甘やかす気はないけど、可愛い末っ子が心配なんだよ」 ………。いや、だから恥ずかしいからそういう事をさらっと言わないで欲しい。 「十郎太、不安があるようなら、オレから乃木の方へ連絡しようか?」 「え…?」 「流石に管理者には無理だけど、父さんとやり取り合ったろうから。でも、跡取くらいなら連絡取れるよ」 「知り合い?」 「前に一緒に仕事したことあるし、そっちにオレ、訓練で何度か行った事あるから。普通に知り合いかな?」 「………そうなの?」 「そこ歪みが激しいだろ? …っと、見てないかな?」 「一応、最初に見たけど…」 「そうか、確認はしたんだな。まぁ、そういう状態だから、訓練カリキュラムとかも結構組まれたりするんだよ」 死亡しそうなんだけど、それ。どんな訓練か想像つかないから勝手な思い込みだが。 「どうする? すぐに連絡すれば、動いてくれると思うけど」 「……うん、いい」 「いいの?」 「うん。…兄貴が言うように、本当に父さんに信用されてるんだとしたら、それ、裏切るわけにもいかないし」 「そうか」 ぽつぽつ言ったオレの科白に、兄貴の嬉しそうな声が返った。 「余り無理はするなよ?」 「う、ん…」 「十郎太が“父さん”なんて呼んでるの、聞ける機会って少ないからね」 んなっ!? クスクス笑いながら何てこと言うんだっ!! そこはさらっと流しておいて欲しかった…。 「父さん聞いたら喜びそうなのに、本人前にして、絶対言わないから」 ぐっ。 ……ささやかなオレの抵抗だよ、そこんとこは。本当にささやかだけど! 「そろそろ度数、危ないかな?」 「……うん。帰り、連絡できないと思う。多分」 「無事に帰ってくればいいよ。連絡なんかなくたって」 「わかった」 「オレも明後日には帰るから、その時元気な顔を見せるように。命令ね、これ」 「って、何で命令!?」 「次期長としての命令?」 笑いながら何言ってんですかっ、この兄貴は! しかも疑問文だったよ今!! 「十郎太、返事は?」 「……善処する」 「そんな難しい言葉よく知ってたね」 「一応、オレ、受験生だから!」 「そういえばそうだったな。じゃ、帰ってきたら勉強も見てやろう」 はぅ!? 余計な事言ったーっ!!!! 兄貴、頭いいし、勉強の内容とか話してる分にはいいんだけど、“教える”となると激しく鬼になるんだよ。こえぇんだよ! 真面目に、親父より怖い。 ……こ、断らないと。マジで。 「じゃあな、十郎太。しっかり頑張れよ」 「えっ、あ…待って兄貴。勉強… 「どこに行く事になっても楽勝で入れるようしっかり見てやるから安心していいよ」 ………はい」 ダメだ。もう手遅れ。すでにヤる気です、この兄貴。 「頑張る……」 「またな」 「また」 がちゃん、と電話が切れて。つー、つー、つー……と。 度数の残りはたったの2。これじゃ本当に帰りの連絡は出来ないな、と。 無事に帰れても、その後に地獄が待っている事を哀しく思いながら受話器を置いた。 進む 戻る 目次 |