第8話 1つの結末は、新たなる始まり
あー…。 視界がぼやけてる。何処だここ? …何してたんだっけぇ? 薄っすら開いた目は焦点がよく会ってなくて。 「―――、―――っ?」 ぁー……何か聞こえる。 よく見えないけど、視線を動かして。 「……母さん?」 そこにあった顔に呟く。 「ぁだっ!?」 べしっと額にチョップが入った。 「寝起きにボケる余裕があるなら、もう大丈夫ね」 母さんが苦笑してそんな事を言う。 でも、確か、母さんはもう…。 「十郎太、まだ足りないの? 本当、寝起きが悪いんだから」 しっかり見える位置に手を構えて、にっこりと微笑ん…―――あだあだだだだっ!!! 連打で5発。 「これで起きたでしょう?」 にっこりと、変わらずの笑み。 ……よく見たら銀髪、母さん銀髪じゃないよ。 「―――三知にぃ…?」 「はい、よく出来ました」 満足そうに笑って、多分赤くなってるであろうオレの額を撫でる。 「無事だったからよかったようなものの、流石に今回は無理をし過ぎ。後1歩で死ぬところだったの、わかってる?」 「え、えーと…?」 苦笑する顔に、瞼を閉じて考え込む。三知にぃに頭を撫でられるのは結構好きだから、そこはいい。親父だったら逃げるけど。 オレ、何かしてたっけ? もう一度三知にぃを見ると、本当に心配してたんだなってのがわかって…。 「…って、ああああっ!!」 「大きい声を出さないの」 ずびしっとまたチョップをくらい。 「三知にぃ、オレ、生きてんの?」 だって、死んだ筈だ。負けて、喰われてる筈だ。魂ごと。 そう、あの外身と中身のギャップ有り過ぎる“霊喰い”、乃木月乃に。 「まだ寝惚けてるの? もっと強いのじゃないと、起きられない?」 言いながら、カチャって音がして、オレの頭上に“月”を構える。 「―――“月”……って、あ、いや、三知にぃ、それちょっとやりすぎだからーっ!?」 「大きい声を出さないの」 ばしっと、青白い鞘で顔面を打たれた。真面目に星が舞って、くらくらする。生きてたのを確認した直後に、死にそう…。 「生きてなかったらここにいるわけないでしょう? ……十郎太、記憶障害とか起きてないでしょうね?」 「い、今ので飛んだかも…」 「そう、それなら、ショック療法でもう1つ 「いや、いい! 大丈夫っ!!」 “月”の鞘を押しのけるようにして、慌てて躰を起こす。 そうしてから、ぱちくりと目を瞬いた。 「オレの部屋?」 「そう。怪我とか色々酷かったから、向こうで応急処置だけして、ここで療養。昨晩落ち着いたから、部屋に戻したの」 「……何で生きてんのかな?」 ぽつりと呟いたオレに、三知にぃの苦笑が返る。 「運が良かったから、としか言いようがないでしょうね」 「…そーなの?」 どこをどうやると運が良かったになるのかさっぱりだが。何でオレ喰われなかったんだろうな? そこらヘンが、 運が良かったってのになるのか? 「十郎太、状況が切迫していたのはわかるけれど、今回の事は本当に無理をし過ぎ、私怒ってるのわかる?」 「……ごめんなさい」 兄貴には色々な意味で全然勝てないけど、記憶に全くないとは言え母さんと同じ顔をしてる三知にぃには全然頭が上がらない。 そういう意味で、確かに、オレは甘やかされてんだろーけど…。 「宜しい。…勿論、父さんにもきつく言っておきましたからね」 「え…?」 「幾ら人手が足りないからって、十郎太を行かせるのはやり過ぎ、結果だけを見れば無事に帰って来てるし、いいのだけれど、 それでも、彼等の相手をさせるには十郎太はまだ早いの。発見と治療が遅れてたら、本当に死んでたんだから」 「…うん」 「だから、父さんにはきつーい、お急を据えておいたから」 にっこりと笑ってそんな事を言う。………母さんと同じ顔してるから、父さんも三知にぃには弱いからな。 オレが本気で嫌がっても止めないし、誰が止めても同じだけど、三知にぃが言うとすぐやめるし。 「それから、十郎太はきちんとお礼を言わないと駄目ですからね?」 「お礼…?」 「さっきも言ったでしょう? 発見と治療が遅れてたらって」 「…三知にぃが見つけたんじゃないの?」 「違います」 「じゃ、三知にぃと同じ、追手の人ら?」 「違います」 「え…? じゃあ…」 誰が、という科白は、ノックする音に阻まれて。柱を。 その後少しの間を置いて襖が開いて、兄貴が顔を見せる。何でか顔は横向いたままだけど。 「三知、 言ってから視線を室内へと移して、オレと目が合ってから険しかった顔が微笑む。 「十郎太、起きたのか」 「あ、うん」 「気分はどうだ?」 「全然大丈夫」 「起き掛けにボケるくらい、いつも通りです」 三知にぃが溜息がちにそんな事を言ってから、兄貴に視線を移す。 「将道さんは悪くないのに、弟の不始末で色々大変でしょうからね」 「お前が言うか、それを…」 「弟を止められなかった兄の責任は当然ありますもの」 平然と言い切る三知にぃに、兄貴がえらい苦笑いしてる。……何で? 「将道って誰?」 「敬称が抜けてます、十郎太。立場だけなら私より上な方ですし、年も実力も十郎太よりずっと上です」 「……将道さんって誰?」 じろりと睨まれて、思わず言い直すオレ。その様子に、兄貴が溜息を1つ。 「三知がここ2年組んでたチームのリーダーで、今回の逃亡劇の首班、錐崎竜道の兄」 「なるほど」 「謝られても、冬悟も沙奈絵も帰ってこないのに…。半殺しにされた相手に対面を願い出るなんて、本当に太い神経してるのね」 淡々と呟いた三知にぃに、オレは思わず躰を引いた訳で。 「仕方ないので、お会いしてきます」 本気で嫌そうではないにしろ、少しだけうんざりしたような声音で言って、立ち上がる。 「そうしてやれ。それと、言うまでもないだろうが、アレ以上怪我を増やさせるなよ? 今後の業務に支障が出る」 「今更1つ2つ増えても変わらないでしょう?」 並び立つ2人の兄の不穏な会話に、思わず視線を逸らすオレ。笑顔で冷気漂わせて普通に会話する中に入れるほど、 大人でもなければ、心臓が強い訳でもないから。 「将道は変わらないが、お前に問題が出る。前回は理由が理由だけに多めに見てもらえたが、これ以上は無理だから。 謹慎にでもなったら支障が出るだろう?」 「……そうですね。わかりました、大人しくしておきます」 「足りないなら、いい相手がいるからそっちで息抜きすればいい。条件次第で本気でやってくれる」 「平常時の兄さんと互角に渡り合う相手にですか?」 「気晴らしにはなるだろ」 「それは…。そうですね。考えておきます」 「代価高いけどな」 肩を竦める兄貴に、同じように返す三知にぃ。 「それでは、兄さん。十郎太の事、お願いしますね」 「ああ」 そう言って、三知にぃが部屋を出て襖を閉めて、兄貴がオレの傍に腰を降ろす。 「躰の感じはどうだ? 違和感とかは?」 「あ、うん…全然平気。―――兄貴、あのさ、オレ、何で助かったのかな?」 「見つけてくれた人が、治療してすぐに連絡してくれて、管理者の乃木さんから父さんに連絡入って、それで」 「そうなんだ」 もたもたしてて喰い損なったのか、案外間抜けだな、アイツ。 「でも、それも運が良かったからだ。幾ら何でも無茶し過ぎだぞ」 「運って…。三知にぃもそう言ってたけど、そりゃ、無茶はしたけどさ、でも」 「でもじゃない。無事だったからよかったけど、本当に心配したんだからな」 「う…。ごめんなさい」 「ま、終った事だからもう言わないが。…改めて、お帰り、十郎太」 「うん、ただいま…」 「で、躰の方は本当に大丈夫なんだな?」 「うん」 「そっか。それなら…どうする?」 「何が?」 「いや、そのままでいいなら別にオレは構わないけど」 苦笑して、右手をオレの頭に乗せて撫でる。 「折角綺麗なんだ、隠しておくのも勿体無いと思うからな」 そう言われてから、気付いた。そういやオレ、術を解いてた。て、事は、だ…。 「親父に見られたら大変な事になる」 「……そうだな」 愕然として呟いたオレに、一瞬だけ硬直した兄貴が苦笑して同意した。 筆頭に上げて心配しないといけないのはそこじゃないのはわかってるけど、オレにとっては最重要死活問題だ。 主に精神面で。 「ばぁちゃん、いんの?」 「ああ、お前が目を覚ましてから本人の意思でって待ってるよ」 「そっか、じゃ、頼んでくる」 「やっぱり隠しておくのか」 「……そういうわけじゃないけど、慣れないし」 「そっか」 見慣れないってのは本当。何しろ10年近く見てないんだから。でも自分で変化させたのじゃ弱くて、 オレの目じゃ見える訳で、鏡見るたび目にするのは、正直辛くて。 ていうか、母さん云々とか周りに色々言われて云々とかに加えて、今回の“霊喰い”遭遇も思い出して凹みそうだし。 「どっか、ヘンじゃない?」 「ヘンって?」 「いや、兄貴から見て、どうかなって…」 「別にヘンとは思わないよ。母さんの髪と、爺様の眼だろ。そりゃ確かに、外見と本性がかみ合ってないってのはあるかもしれない。 でも、そんなの関係ないだろ、十郎太は間違いなくオレの弟で、父さんと母さんの息子って確実な証拠じゃないか」 「うん…」 「あらぬ噂が立ってるのは知ってるけど、それだって、“雪”を使えてるんだから戯言だって証明してる」 「うん…」 「オレとしては、そんな感じなのに、何でそうなのかなって不思議でならない」 「………何が?」 「自覚ゼロだから教えてあげない」 満面の笑みで、あっさり言われました。 いや、てか、何の話…? それまでシリアスでわかりやすい話だったのに、何で急にわけわかんなくなるんだろ…。 「ヒントとか」 「そのままで1週間も過ごせば気付くと思うよ」 爽やかな笑顔。 どうやら、言うつもりはさらっさらないらしい。 「…わかった。んじゃ、1つ聞きたいんだけど」 「うん?」 「オレの事助けてくれた人にお礼言えって三知にぃに言われたんだけど… 「ぐぅううう〜」 ………。 真顔で真剣な話をしてたのに、オレの腹は何で鳴く!? で、何で兄貴は笑いを堪えてんだよっ!! ちくしょー。 「…ああ、怒らない、怒らない」 笑いながら言われても納得出来ないよっ!! 「無理もないよ、丸2日寝てたんだから」 「……は?」 「一昨日の夜発見、で、今までずーっと寝てたんだから」 「…そんなに?」 「それだけ酷かったって事。魂まで“雪”に与えて欠けた状態で、半死半生の自覚あってそこまで驚いてるなら、オレ、怒るよ?」 拳を握り締めて、にこやかな笑みを浮かべる。 「いや、その、何ていうか、死んだと思ってたから…。生きてて良かったけど、ちょっと複雑」 「何が?」 「言われた時も、向かった時も、対峙した時も、本当、全然覚悟なんて出来てなかったけど。でも、諦めた訳じゃなくて、 そういうのも有りかなって……思ったから」 アイツに喰われるなら、いいかなと思ったのは事実で。言えないけど。 勝ったのにオレ生きてるし、黙っておくってのくらいは守ってやらないとな。好きで見逃した訳じゃないだろーが。 「死んでもいいとか、自棄になったんでもなくって。自分で納得出来てたっていうか…」 「そっか…。でもそれ、他の奴には言わないように。特に父さんにはね」 「…え?」 「最初に連絡受けて、父さん倒れたらしいし、その後も、やる事ないのに、仕事丸投げして様態が安定するまで、 ずーっと傍に付いてたから。何だかんだ言っても、父さんにとっては、十郎太は1番可愛いんだからさ」 「三知にぃの間違いじゃねー…?」 オレの科白に、苦笑が返って。 「三知は確かに、母さんに瓜二つだけど。父さんにとって母さんの思い出、1番思い出せるのは十郎太なんだよ」 「何でオレ…? 母さんに似てるのって、髪くらいなんだろ?」 「うん。十郎太は父さん似だからね」 あっさりとそれを口にする兄貴に、思わず顔を顰める。 それに右手を伸ばして、ぽんぽんオレの頭を軽く叩いて。 「不満そうな顔しない、自分でもわかってるくせに。でも、だからこそ、母さんと会った頃とか思い出すんじゃないかな。多分ね」 「むー…」 「とにかく、さっきの話はここで終わり。誰にも言わない、わかった?」 「……わかった」 「父さんそれ聞いたら卒倒して、北斗引退とかしちゃって、長も引退しちゃって、多分、24時間監視体制で十郎太を監禁するよ。 家に。それでもいいなら言ってもいいけどね」 ひくり、と頬を引き攣らせるオレに、兄貴は満足げに微笑んで。 「納得したみたいだね? それじゃ、食事の用意するように言ってくるね。お昼の時間過ぎてるから、夜まで待てないだろうし」 「あ、うん。有り難う」 「どういたしまして」 頷いたオレの頭を、またぽんぽん叩いて、立ち上がる。 襖を開いてから一瞬動きを止めて、思案するように首を傾げてから肩越しに振り返る。 「マミーも付けるから、着替えて居間においで」 「え…? あ、うん」 頷いたオレに、何でか含み笑いをして兄貴は去って行った。 あの笑みは何だったんだろう……。 兄貴は親父みたいな食事への有り付き方をオレに強いたりしないだろうし、いや、 流石にこの状況なら親父も素直に飯くらい食わせてくれるだろうが…。多分。 「ぐぅううう〜」 ………。 食べ物の事考えたら本当に腹減ってきた。 ついでに喉もエライ渇いてる。むしろこっちのが酷いかも。……ヤバイな、うん。やっぱり駄目だ。 早めにばぁちゃんに頼まないと。 オレは、嫌だから。 「よし!」 気合いを入れて掛け布団を捲って立ち上がり、脱力した。 ………何で浴衣なんかなぁ。部屋に移した時点で、着替えさせておいてくれればいいのに。 この柄はアレだなー ぶつぶつ言いながら箪笥を開けて、ジーパンとTシャツ、念の為にパーカーを取り出す。 「……昼間ならいらないかなぁ」 そう言いつつも浴衣を脱いだら寒気がしたから、しっかり着込んで。準備万端。 布団をたたんで、上に浴衣を投げて、部屋をぐるっと一周見回して、生きてんだなぁ…とか再確認。 「マミーがオレを待っている!!」 気合いの雄叫びを上げて勢いよく襖を開き、 「その前にする事があると思うよ? 礼儀として」 全身が硬直すると同時に、上から下まで悪寒が走りぬけた。 ……げ、幻聴? 今、凄くありえない声が聞こえたような気が。 固まったまま、ぎぎぎっ…て音が聞こえそうなくらい機械的な動きで左右を見回して。 「……空耳か。そうだよな、はー。ありえねー…」 「本当に失礼だね。小さいのは認めるけど、おにーさんだって大きい方じゃないでしょ」 ………聞こえない、聞こえない。 それは、左の足元からするんだけども。母屋は右手側の廊下を進んだ先だし、うん。気のせいだ、気のせい。見ないでおこう。 くるりと小さく右回れし、背を向ける。 「そういう態度、取っていいと思ってるの?」 1歩踏み出したオレの服が突っ張る。 ……夢だ、コレは。そうだ、きっと極彩色の悪夢。いや、もしかしたら、マジでオレ、死んでるのかもしんない。 んで魘されてる。 ……死んでも魘されるかどうかっていう突っ込みは却下で!! 「本条十郎太、それ以上無視するなら私にも考えがあるよ?」 ぐはっ!? 名指しされたーっ!!!! しかも何か背後から冷気が漂ってるよぉ。ううう、母さん、オレ、そっちに行った方がよかったよーな気が物凄くしてきたよ…。 本気で、恐る恐る、振り返る。 白い髪と紅い眼の悪魔が冷笑してた。 「……な、何でここにいんの?」 「人の顔見て開口一番がそれ?」 オレより30センチは確実に小さい身長で、何で上から目線なんだろうな、コイツ…。 「……こんにちは」 「おはよう、じゃない? おにーさんの場合」 「オハヨウ」 「おはよう」 「んで、乃木月乃、何でここにいる?」 「おにーさんが起きるの待っててあげたんだよ」 「…そりゃ、どうも。つーか、何で? 誰かに見つかって喰いはぐったんじゃねぇの?」 「私がそんな間抜けな訳ないでしょ。失礼だね」 ………。くそ、兄貴に本当の事しゃべっとくんだったー!! 「そんな事より、人狼って本気で頑丈なんだね」 「―――…まぁな。んでさ、服、伸びるから引っ張るのやめてくんねぇ?」 「だって逃げようとするから」 悪いかよ!! つーか、何でここにいんだよ! 訳わかんねーよ、コンチクショー。 「逃がす気はないってか?」 「別にいいけど。でも、そんな事したら、おにーさんがみんなに怒られるよ」 「は…? 何で? お前にぶべっ!!」 顔面を強かに打った。 「腕を上げたな、十郎太」 次いでそんな声が頭上から聞こえて、鼻を抑えながら顔を上げてみれば、大元の元凶が、 むしろオレの厄災がにこやかに笑ってやがった。 「親父…」 「ふむ。気配を完全に消してたし、月乃ちゃんと暢気に話してたから気付いてねーと思ってたが。残念」 わきわきと両手を握ったり広げたりしてて。 いや、何の話…? 「しかし、親子の感動の抱擁を避けるとは、いただけんなぁ」 「思春期だから、きっと照れてるだけです。将和さん」 えっらい可愛いー声が、親父のフォローに入った。 「男の子はそういうものだって、お父さんが言ってましたから」 年相応の可愛い笑みを浮かべて、そう続ける。…ちょっと待て、何だその変わり身!! 「そうか…。月乃ちゃんは優しいねぇ」 しみじみと頷く親父。って、待てや、何馴れ合ってんだよっ! オレ、そいつに殺されかけたんだっつーの!! 「で、十郎太。いつまでなっさけない格好でいるつもりだ、しゃきっとしろよ」 好きで寝転がってる訳じゃねーよ。 って言えたらいいが、言えないオレは、釈然としないまま無言で立ち上がる。つーか、何で転がったんだよ? そもそも自分の意思で避けたら顔面打ってねーよ。 「―――それで、何だよ、親父?」 「何だよじゃねーよ。お前、月乃ちゃんにお礼は言ったのか?」 は? 思わず目が点になる。何で命狙われてた相手に礼を言わなくちゃなんねーんだよ? 「ぁ〜、何だ? その顔はわかってねぇな?」 「何が?」 「そりゃ戦闘中に月乃ちゃんに遭遇して、気付かねーで庇いつつ交戦とか、カッコイイけどよ? 本気でやって、 殲滅したのはいーが自分も瀕死って、男としてちょっとばかし情けなくねぇか?」 ―――は? 何の話だ、そりゃ…。 「それで、名乗らずに去るとかならカッコイイけどよ。そーじゃねぇんだもんよ。ぶっ倒れたお前を介抱して、恭一に連絡して、 あ、恭一ってのは月乃ちゃんの父親で、あそこらへんの管理者な。そんでオレんとこ連絡来たんだが、月乃ちゃんがいなかったら、お前、 今頃あの世だぞ? ほんっとに情けねーなぁ」 思わず頭を抱えた。 ぁー……何だ、誰のホラだ、それ。って、言うまでもねーよな。 ちらりと視線を流すと、にこにこと年相応の笑みを浮かべてやがるし、この悪魔。何だよそれ、エライ豹変しすぎだろ。 「私も助けて貰ったから、お互い様だと思いますよ?」 平然とそんな事を言う悪魔。 「控えめだねぇ、月乃ちゃん。ガツんと言わないとわかんねーんだよ、この馬鹿息子は」 「でも、怪我をしたのも私のせいだから」 せいっつーか、お前のが1番の致命傷だっつーの!! 「あーまぁなぁ、身を呈して庇うとかな、それで自分が死にかけてちゃ世話ねーよ」 「仕方ないですよ、一般人だと思ったんだし」 「そこも情けねぇんだが。ま、しょうがねぇ。まだまだだかんな、十郎太も。―――…とりあえず、ほれ」 顔だけ向けて言いながら紙パックを投げ……って、マミーっ!! がっちりキャッチ。 「さんきゅー」 「オレの息子なのにマミーとかなぁ」 「るっせ」 言いながらストローを指して、早速飲み始める。 「ま、それで持ってるなら別にいいんだけどよ」 「……それが主食なの?」 軽く驚いた声と顔で疑問の声が上がった。 何つーか時々、ほんとーに時々だけど、普通の可愛いお子様だな。見た目だけは。 「そーなんだよ、月乃ちゃん。笑ってやってくれよ。人狼一族最強の血族、“人狼吸血鬼”ともあろーもんがね、 血ぃじゃなくてマミーなんだよ、コイツ」 オレの頭をがっしりつかんで、わしゃわしゃ撫でながらそんな事を言う。 「るっさいよ。普段出ないから、これで十分なんだよ。つーか足んないんだけど?」 500mlをあっさり飲み干して、パックをたたみながら尋ねる。それに対して、親父はこれ見よがしに両手を振って返してくるし。 「一弥が居間に用意してたからそっちにあるだろ。まぁ、手遅れになって月乃ちゃんに襲い掛かられても困るから、 持ってきてやったが。感謝しろ」 「ドウモアリガトウ。って、誰が襲うかっ!!」 「どーだかな。お前、初期段階をロクに経験してねーで育ってんだろ。普通は成長過程で自制を覚えてくんだよ、 でもそれをすっとばしてるからな。可能性はゼロじゃねーよ」 「……絶対ないね!」 「暫くマミー厳禁にして試してみっか?」 「ごめんなさい」 横目で言う親父に、即座に謝るオレ。マジそれは勘弁っ!! 「んな事されたら、オレ死ぬ」 「別に死にゃぁしねーよ、そんなすぐには。ただちょっとばかし、凶暴になるだけで」 あっさりととんでもない事言ってますよ、この親父。 「ああ、それと。月乃ちゃん」 くるりと顔の向きを変えて、オレを放置しやがるし。 「はい?」 「お袋が準備できたって言ってたぞ」 「本当ですか? よかった。わざわざ有り難うございます」 本気で嬉しそうな顔をしてそう言って、丁寧に頭を下げて最敬礼。オレに対する態度と違い過ぎねぇ…? 「いやいや、礼を言われるほどの事じゃないよ。んじゃ、また後で」 しゅたっと片手を軽く上げて、疾風のよーに去って行く姿を思わずじと目で見送った。 進む 戻る 目次 |