第13話  似ても焼いても喰えないよ


 ぼやっとしてる。
 いや、驚きのあまり呆けてるだけだけど。オレが。
 目の前で、物凄い人良さそうな雰囲気と顔をして、穏やかに微笑んでお茶を飲む姿を、信じられない気持ちで眺めている。
 確かに血縁関係があるとわかる、というか似た顔だから兄弟ってわかる。それに雰囲気が遠一さんと全く同じ。
 色々話を聞いてた人物全然符合しない………。
 いやまぁ、先生が行ってた優男っていう部分は物凄くハマってるが。
 20代半ばになる子供がいるとは思えないってか、親父と同世代とは思えないくらい若い。 本物? とか疑いたくなるが、どことなく月乃と虹乃が似てるから父親似って事で本当なんだろうけど………。
 驚くなって方が無理だ。とてもじゃないけど、SSランクと言われても、面と向かってるけど実感薄い。てか、ゼロ。
「どう、十郎太君?」
「………はい?」
「この街は2度目………ああ、前回来たのは隣町だったっけ。馴染めそう?」
「まだ歩いてないからよくわかりませんけど…」
「そういえば、駅からタクシーだったんだっけ? 一弥君、観光案内でもしたら良かったのに。割と珍事件スポットだから、 面白い名所が幾つもあるんだよ。駅からここに来るまでのルートって」
「………親父もそんな事を言ってた気がします」
「だろうね。まぁ、将和は、面白くても自然が足りない住宅密集地に住むのは拷問だって言ってたけどね」
 クスクス笑う姿はどこをどう見ても、柔和な、まさに優男。
「でも人が多い分、そういうのを寄せ集めやすい土地な分、面白い事になってるんだけどねぇ」
 ずずっとお茶を飲み干して、茶碗をテーブルに置いた。見た目は紅茶でも飲みそうなイメージなのに、 何でか白地に黒い大文字で寿と書かれた豪快な湯のみ茶碗。
「さてと。今日は運動したから、別にいいか。折角だから、将和期待の末息子のお手並み拝見したかったけど」
 はいっ!?
 期待って何? つーかお手並み拝見って………まさか。
「本当は幾つか組み手をと思ったんだけどね。これ以上やったら結界割れて、アパート傷つけたら春乃に怒られちゃうからね。 修復作業は今日中に終わらせるから、明日にでも」
 何か論点が違うような気がっ!?
 とういうか結界にどんだけ負荷かけてんの! っていうか、結界っ!? そんなの通った記憶ないけど!
「十郎太君は、今日は軽く荷解き頑張って。荷物が少ないなって思ったら、明日追い討ちで残りの荷物が届くらしいから。 まぁ、そんなに時間かからないだろうけど、あの量なら。それと、夕飯は7時からだから、その時間になったらここへ来てね。 遅れたら夕飯は抜きね」
「は、はい…。―――えと、恭一さん」
「うん?」
「ここに家族で住んでるんですか?」
 思わず室内を見回す。現在地は8畳ほどの広さのリビング………っていうか畳だから居間? だけど、 アパートの1階の外れだし、外から見た感じ6人で住むには狭いような気がするんだけど。
「うん、そうだよ」
 マジで!? このスペースで? まさかここで川の字で寝てる………?
「ああ」
 何故だか、悟ったような声を恭一さんが上げる。
「ここには、ボクと春乃だけだよ。上2人が2階、下2人は3階」
 何デスカ、その部屋割り。ってか、そんなに顔に出てるのか…?
「うん。そうだね。確かに、十郎太君はわかりやすいけど」
 にこやかに思考突っ込みーっ!?
「………そ、そんなにわかりやすいですか?」
「うん。素直でいいんじゃないかな? まだ子供なんだし」
「はぁ……。そうですかね…」
「うん。ああ、そうだ。注意事項、言ってなかったね。かなり重要な」
 穏やかだったその顔を一点、真剣な表情へと変える。
 ぼんやりしていた空気まで一変した。
「………な、何ですか?」
 ここまで雰囲気を変えるんだから、きっと凄く重要なんだろう。本人もそう言ったし。
 思わずゴクリと生唾を飲み込み、次の言葉を待つ。
「許可ない限り、上階の部屋へは上がらない事」
 威厳ある声は、そんな科白を紡いだ。
「屋上があるから、そこへ行くのに階段を上がるのは許可するけど、それ以外は禁止」
 ………。
 やっぱ親父の知り合いなんだな、この人。意味がわからん。
「恭一さん。理由を聞いてもいいですか?」
「勿論。このアパートね、元々、女性―――女学生って言った方がいいかな、そのために造られたから、 今でも女性の入居者を優先して入れてある。まぁ、十郎太君と同じ1階の101号室には男性が住んでるけどね。彼だけだから。 で、2階は全部女性。そういう理由で」
「なるほど」
「まぁ、十郎太君はこれから高校生で、2階の住人は20代の人達なんだけど。ほら、間違いがあったら大変だからね」
「そ、その心配はないと思うんですが…っ!?」
 思わず顔が赤くなる。つーかそういう話題はまだ早いっ、オレには。普通に恥ずかしいっつーか、 男に囲まれて育ってるから何となく苦手というか。
 思わずお茶を飲みつつ視線を逸らした。
「そんな事ないよ。………ああ、十郎太君がどうこうって意味じゃなくてね。別に露骨な話はしてないのに、そんな可愛い反応してたら、 お姉様方に十郎太君が襲われるかなと」
 ぶっ!?
 な、何を言ってるんだ、この人はっ!? 思わずお茶吹いたじゃんかっ!!
「はい、布巾」
「………ありがとうございます」
 にこにこ顔で差し出されたそれを受け取って、テーブルを拭く。ああ、ほとんど飲んであってよかった。
「ほらね? だから、間違いがあったら大変だろう。将和が」
 親父かっ!?
 テーブルを拭く格好のまま固まったオレに、ふぅ、と恭一さんが息を吐き出す。
「流石に将和が本気で暴れたら、オレも本気を出さざるを得ないし。そうなると、 このあたり………人が住めなくなりかねないからねぇ」
 しみじみと呟いた科白は、何でか遠い目をして呟かれた。
 ていうか、そんな顔して言われても、科白が物凄い不吉だし………。
 それに、親父が暴れるって。どういう風に思われてるんだろう、あのクソ親父。
「そういう訳だから、まぁ、気を付けてね。ボクも将和に君の事頼まれた身だから、将来に関わるような間違いがあったら、 真っ先に攻撃受けるの間違いなくボクだからねぇ。まぁ、気持ちはわからないでもないんだけど」
 わかるのかっ!?
 いや、普通わかんないだろっ!! ってか、あの親父がそんな事でキレたりしないと思うっつーか、 逆に喜びそうな気がしないでもないんだけどなぁ………。
「あ、それと、家族の紹介は夕食の時にするね。―――――桜乃だけだもんね、後」
 うわぁああああ。最後の科白が凍り付いた顔になったーっ!?
 ………そういえば、出迎えなかったのって、その桜乃さんとやらの彼氏が来てるとかで、確か交際を反対してて………。
 ふいっと、凍り付いた表情のままの視線がこっちを向いたせいで、思わず頬が引き攣る。
「まぁ、帰ってくればだけどね」
 溜息と供に測れた科白は、多分、怒りという感情が込められていたと思う。
 背筋を嫌な汗が流れ落ちた。
 本能が、無理、撤退、と告げてる。うう、やっぱり虎の巣に飛び込んだのか、オレは。
 どうしよう、泣きたい。
「お父さん。そろそろお願いしたいんだけど」
 凍り付いた空気を、可愛い声が切裂いた。色々な意味で。
「………もうそんな時間? 虹乃の勉強の方は?」
 ゆるゆると振り返る恭一さんの顔には、最早穏やかな笑顔しかなく。
 その向こう、部屋の入り口へとオレも視線を上げると、本気で無表情の悪魔が立ってたりする訳で。
「もうとっくに。元々、私に聞かなくても虹乃は賢いから大丈夫だし」
「そっか、わかった」
 表情のない娘に何を言うでもなく頷いて、再びオレの方を向く。
「それじゃ、十郎太君。このくらいで。また夕食の時に。………ああ、そうだ。 早めに荷解きが終わったら、屋上に上がってみるといいよ。このあたり、二階建ての住宅が大半だから、 景色を眺めるくらいは十分に出来るから。これから住む街の空気に、早く慣れてね」
 そういって微笑んだ姿は、元の、柔和な優男そのものの印象だった。
「はい、有り難うございます」
 へこりと頭を下げたオレを、立ち上がった後にこやかな笑顔で一瞥してその場を後にした。


++++++++++


 で。
「………へぇ」
 思わず口から出たのはそんな科白だった。
 荷解きって言っても、一泊旅行分の荷物に布団類だからそんなに時間はかからなかったから、 言われたように屋上へとやってきてみた。
 というか、3階の階段あがったら廊下は右手側にしか伸びてなくて、左側には扉。 しかも“屋上入口”ってデカデカと書いてあった。そこまで誇示する必要あるのかと疑問に思うくらいでっかいブロック体で。
 右に続く廊下へは足を踏み入れたら明日の朝日を拝めなさそうだから、すなおに屋上へ。
 で、だ。
 割とっていうか予想以上に、広い。物干し竿が点在しているけど………。
 3階に下2人って事は双子が住んでるにしろ、建物の構造見た感じだと3部屋分以上ありそうな気がするなぁ、これ。
 爽やかな春の風が吹き抜ける。
 真面目に、心地よい。
 ぐるりと一週するように、アパートの裏手側から正面側まで眺めるように周り、立ち止まると柵に手をかける。
「ぁー………家がいっぱい」
 裏手の方は木と微妙に家があっただけだったけど、正面側はまさに住宅地ってヤツだ。ちょっと遠い所に、 ここより高いマンションとかビルとか立ってるけど、あのあたりって駅周辺だったよな〜……確か。
 ぼーっと街を眺めながら、道を覚えるのに色々歩かないとなと苦笑する。
「始めて見る背中だね〜」
 っ!?
 突然背後から女の声がして、本気でビクリとなった。全く気配を感じなかったのに、 背後をしっかり取られた事に悔しさを感じつつ振り返る。
 腰までの緩やかにウェーブのかかった黒髪と、白いシンプルなワンピース、切れ長の目は黒で………………何でか驚いた顔をしてる。
 オレ何かしたか? むしろ、驚かされたのこっちなんだが…。
「ええと、初めまして。今日からここで世話になる、本条十郎太です」
 多分、恭一さんの言ってたここに住んでる20代のお姉さん方の1人だろうと予想して、簡単な挨拶の後でぺこりと頭を下げる。
「え………あ、ああ、うん。初めまして〜。そっか、月乃ちゃんの言ってた、恭一さんのお弟子さんか。納得。びっくりしたー」
「オレも驚きましたけど」
「あははは、ごめんごめん。聞こえないかと思ってさ〜。あたしの事ははなって呼んで、 みんなそう呼ぶからね。宜しく」
「こちらこそ宜しくお願いします」
「あははは、律儀だね。で、十郎太君。この街の感想とか聞いてもいい? 確か、遠くから来たんだよね?」
「え、あ、はい。九州から。この街の感想………は、まだ見て回ってないので何とも」
「あれ? まだ来たばかり?」
「今日の昼過ぎに」
「そっか。んじゃ仕方ないな。学校始まる前に、周辺を少し歩いておいた方がいいよ。ご挨拶もかねてね」
「挨拶…?」
「そう、挨拶。この街は、情報網がしっかり出来上がっているから、不足の事態に備えて、顔は出しておいた方がいいの。 でないと、不審者扱いされかねないからね」
「………はぁ、そうなんですか」
「まぁ、いきなり飛び込んでも不審者扱いされるから気をつけないと駄目だけど」
 得意満面に語る華さんには悪いが、本気で意味わかりません。つーか不審者扱いって………。
「部屋にいないと思ったら、もう顔見知りになってるんだ。手が早いね、十郎太」
 ぐはっ。
「あら、月乃ちゃん。こんにちは〜」
「こんにちは、華さん。今日はこちらですか?」
「うん。四郎さんに言われて待機してたんだけど、暇だからちょっとふらふら〜っとしてたら見つけちゃった」
「なるほど。でも、丁度良かったですよ、これから顔見せに行こうと思ってた所ですから」
「あ、そうなの? じゃ、私も一緒に行くわ」
「はい。それで、十郎太。行くよ?」
「行くってどこへだよ? つーか手が早いって何だよ。オレは話かけられた方だし、そんなんじゃねーし。 だいたい、ご近所さんなら会話するくらい可笑しくないだろ」
 むすっとして答えたオレに、何でか月乃は呆けた顔を一瞬してから、溜息を1つ。
「十郎太って本当、鈍いんだね」
 げんなりとしてそんな科白を吐いた。
「お前な、そういう事言ってオレに失礼だとは思わないのか?」
「事実だよ。ご近所さんと会話するのは別に構わないけれど、相手を見て対処してよ。誰もいないからいいけど、ここ、 ウチのアパートに住んでる一般の人も来る場所なんだから」
「一般の人って、お前…」
 思わず、視線が自然と華さんの方へと向く。
「鋭いんだか鈍いんだか」
「月乃ちゃん、ええとー………あれかな、十郎太君、もしかして?」
「ええ、間違えてるみたいですね」
「あらら。鋭いのに鈍いのね、本当面白い子」
 クスクス笑う華さんに、呆れ返った顔の月乃。
 ………意味わらん。
 つーか女同士のこのはっきりと言わない会話はどうにかならんものか。てか何でそれで通じてるんだっつー…。
「気付いてると思ってたけど、そうじゃなかったのね。恭一さんのお弟子さんって言うから、 わかってても普通に接してくれてるんだと思ってたわ。改めて、自己紹介するわね」
 くるりとこちらにきちんと向き直ると、
「私、このあたりを徘徊してる、浮遊霊の華です」
 そう言って、丁寧な一礼をしてからにっこりと笑った。
 ………は?
 今、何て、今、何て言ったーっ!?
 全身を硬直させて驚きを表現するオレに対して、月乃が呆れたような視線を向ける。
「本当に気付いてなかったんだね、十郎太。情けない…」
「生身だと感じるくらいよく見えるって事は凄いと思うんだけど〜。でも、どれだけくっきり見えても、 恭一さんに弟子入りするくらいなら判別付くかなって」
「華さんは霊体の割りに生き生きしてるから」
「でもわかるよね?」
「まぁ、こっちに両足突っ込んでればわかると思うんだけど。………十郎太、いつまで呆けてるの?」
「少年にはショックが強すぎたのかな〜?」
「ここに住んでれば、華さんみたいにしっかりした人たちに随分遭遇するから早く慣れてもらわないと困るよ」
「そーよねぇ。私はそうでもないけど、ちょっとお茶目な人達はいたずらとかするし」
「というか、日が暮れちゃうからさっさと行くよ、十郎太」
「月乃ちゃん、私、先に行くわね。みんなに話しておくから」
「あ、はい。お願いします、すぐ行きますね」
「うん。また後でね〜」
 ひらひらと手を振ると、ふわりと華さんは宙に浮かび上がって屋上入り口ある屋根の向こうへと消えていった。
 思わずそれを見送る。
「十郎太?」
「………マジで人間じゃない?」
「今更。というか、何でそんなはっきりわかるのに感知出来ないの? もしかして、そっちはまるで駄目? でも、 普通に視覚でもはっきり見えるのなら区別は付くと思うんだけど」
「普通の人間にしか見えなかった」
「十郎太、それでよく退魔師免許を取ろうと思ったね」
「いや、うるさいよ。お前」
「だってどうかと思うよ? 実態のある厄介者ならともかく、完全に霊体なのに人間に見えてるなんて…―――あ」
 何かを思い出したかのような顔で、月乃がオレを見上げる。
「十郎太、その眼鏡、なるべく外すようにしたら?」
「何でコレ」
「識別能力下げてるんでしょ、それ? かけてたら私の事わからなかったのに、外したら見えたんだから。 華さんの事わからなかったのも、それのせいかもしれないし。肉体がないだけだから、華さんの場合」
 珍しく丁寧に説明されて思わず頷いた。
 確かにこれは余計なモノまで見えないようにするためにかけてる。かけてるんだけど…。
「オレ、あそこまではっきりくっきり人間そのものな幽霊って始めてみるんだが」
「ここでまともに活動してる霊体の人は、大半がああだよ。華さんは少し特殊だけど、それでも。存在する力が強くないと、 ここでは有り続けられないし、そういう人しか残らないっていうか。共食いされたり地に喰われたり、狂ったら、消されるから」
 あっさりと、至極あっさりと、非常識を当たり前のように語る。
「ああいうのは払わないのか?」
「何で? 必要ないでしょ。実害ゼロだし」
「いや、でもさ…」
「気にしたらここで生活出来ないよ。それに、何かあるたび、協会より早くお父さんとかに言いに来る人いるし」
 肩を竦める月乃に、思わず頭を抱える。
 心霊異常を、別の霊体自ら知らせに来るって…………どーなってんだ、ここ。
 絶対可笑しいだろ…。
「それで、十郎太。時間ないから挨拶に行こう。華さん先に行ってるって言ってたし、私、そのためにわざわざ探したんだから」
「いや、どこに? つーかこの期に及んで、後、どこ?」
「お隣さん」
 短く答えてさっさと踵を返して歩き出した月乃を、慌てて追いかける。
「隣って……誰も住んでないって、恭一さんが」
「部屋の隣じゃないよ、住居的隣だよ」
 さっさと屋内へと戻り階段を降りて行く。
「いや、わかんないだろ。それじゃ」
「いいから黙って歩く。余り五月蝿いなら静かにさせてから連行するよ」
 微妙に殺気を漂わせての科白に思わず押し黙り、歩く月乃の背に恨みがましい視線を投げる。
 黙々と前を行く姿に、溜息を1つ。
 今日何度目になるかわからない、ここへ来てしまった事への後悔を、改めて色々な意味で噛み締めた。



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